つれづれぶらぶら

花粉症持ちにとっては例年以上につらい春です(主に精神的に、周囲の視線が)

「『この世界の片隅に』二度目の夏」

東京の池袋にある映画館「新文芸坐」は、老舗の名画座(すぐれた旧作映画を2本立てなどの形で上映する映画館のこと)で、特に、ひとつのテーマに沿って4本程度の映画をオールナイトで上映するのが人気なんだそうな。

うーん、懐かしいなぁ。オールナイトといえば、私にとっては広島のサロンシネマのフィルムマラソンが思い出されるなぁ。大学生の頃よく通ったっけ。

 

で、その新文芸坐さんで、8月25日の深夜に「新文芸坐×アニメスタイル セレクションvol.106 『この世界の片隅に』二度目の夏」というオールナイトイベントが開催されると聞き。

ふーん、片渕須直監督の特集かぁ、と思ってそのプログラムを確認したら。

 

片渕須直監督×小黒祐一郎トークショー

エースコンバット4 シャッタードスカイ

アリーテ姫

マイマイ新子と千年の魔法

この世界の片隅に

 

うおおおお。「アリーテ姫」めっちゃ観たい。レンタルでも配信でもやってないんだもん。しかもトークショーまであるなんて、めっちゃ贅沢じゃね?

ただ、ま、あたしおかあさんだから。子供をほっぽって東京に夜遊びに行きたいのー、なんて、ちょっと、ねぇ…。

おそるおそる旦那さまにお伺いを立ててみたら、あっけなく「いてらー」との回答だったので、ダッシュでチケットぴあで券を取って、ほな結婚後初めての夜遊びに行ってまいりますゥゥゥ!

 

てなわけで、夕方の特急あずさに乗って新宿へ、そこから山手線で池袋へ。

イベントの入場時刻の22時15分にはまだ間があったので、アニメイトに寄ってシギサワカヤの漫画(「お前は俺を殺す気か」最終巻&「君だけが光」)を入手。相変わらずこの人の漫画は爛れていて面白い。

晩ごはんを食べたいが、あまりガッツリしたモノを食べてしまうと映画中に寝てしまいそうだなーと思ったので、サンシャインのカフェドクリエで軽くお腹を整えたら、そろそろ新文芸坐へ。

 

東池袋の歓楽街、パチンコ屋のビルの3階に、その老舗名画座はあります。新しく建て替えられたビルだそうで、建物自体はとても綺麗で清潔感があります。

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オールナイト興業にもかかわらず、当日券は既に完売。片渕監督作品の人気の高さがよく分かります。

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チケットに印字された整理番号順に並んで入場。

見回した感じでは、主な客層は(アニメ作品としては高めの)40代以上って感じ。男女比は9:1ぐらいで、圧倒的に男性が多い。

男女を問わず、いかにも“映画マニア”な雰囲気の人ばかりで、私と同じく単身で来た人が多そうです。なので、大勢の人々がいるにもかかわらず、館内はとても静かです。

 

そして、いよいよイベント開始。

ゲストの片渕監督と、聞き手の小黒祐一郎さん(雑誌「アニメスタイル」編集長なんだけど、私としては『ウテナ』の制作メンバーという印象が強いかな)が入場され、トークショーが始まりました。

私はメモを取ってないんだけど、周囲の人達はしきりにメモを取っておられたので、そのうちにどこかにまとめ記事が出るだろうな。とりあえず記憶にある部分のみ。

 

今日上映される『エースコンバット4』について。

プレイステーション用のゲームで、各面をクリアすると見られるムービーを繋いだもの。スクリーンで上映されるのはおそらく4回目ぐらい。

・今回初めてエンドクレジットをつけた。スタッフの中にはその後の作品と共通する人もいるので、注意して見てほしい。

エースコンバット4はアリーテ姫を作った後で話を受けた。「全編静止画の『プライベート・ライアン』みたいな感じで」というオファー。シナリオは3日間ぐらいで出来た。月曜に受けて木曜に納品。

 

 

アリーテ姫』について。

・初のフルデジタルで作った作品。でも35mmフィルムでの上映。現在はデジタル・シネマ・パッケージ(DCP)というデジタル上映が主流だが、これを作った当時はまだDCPの設備のある映画館は少なかった。

・デジタルでは色が無限に使えるようになったが、派手な色にしたくなかった。本作で参考にしたのは、陰影を用いない日本画

・「金色」の発色に苦心した。セルの頃は黄色や黄土色を使ったが、本当の金色にはならない。CGではなく手作業で色付けをした。(小黒さん「金色といえば“アレ”のシーン。楽しみにしてて」)

 

マイマイ新子と千年の魔法』について。

・DCP版もあるけど、今日の上映は35mmフィルム。なぜかというと、松竹が見つからないっていうから(苦笑)

・映画をテレビで見ると色が派手になる。ブルーレイで出すときに色を調整するかと言われるが、そうすると別のものになってしまう。最近のテレビには色調整機能がついているので、気になる人はそれを使って。

 

この世界の片隅に』、及び制作中の拡大版の進行状況について。

・進行状況は……………(非常に困惑した表情)。小黒さんから「Twitterに書かないで」と指示あり(笑)

・『このセカ』の絵コンテは広島市原爆資料館に寄贈した。

・原作のどこを追加するかはまだかなり迷っている。現行映画の芝居を変える可能性もなくはない。

・原爆について、封切当時は福島のことがあって、表現に自主的な規制をかけていたが、それをどうするか考え中。被爆についてきちんと伝えたいが、僕らの映画のせいで変な風評が立つと困る。

 

今日来てくれたお客さんへ。

・制作順に言えば、アリーテ姫エースコンバット4→(ブラック・ラグーン)→マイマイ新子この世界の片隅に。共通するものを感じてもらえるかと。僕としては「戻ってきた」という感じ。

 

…他にも色々な話をされて、めちゃめちゃ興味深かったんだけど、メモを取っていないのでこのぐらいしか思い出せない。うーん。

しかし、トークショーから伝わったのは、やっぱり片渕監督ってすっごく誠実な方なんだな、ということ。色や音へのこだわりもそうだけど、テキトーに誤魔化すっていうことがない人なんだなってことがよく伝わりました。

ここでお二方は退場され、休憩を挟んで、いよいよ上映開始。

 

最初の上映作品は『エースコンバット4 シャッタードスカイ』。小さいムービーを繋ぎ合わせた短編で、全部でも21分しかない。

古い写真を寄せ集めたような、セピア色の静止画がとても良い。そこに英語のナレーションが被さり、日本語の字幕が入る。洋画っぽい雰囲気。

ストーリーは、「黄色の13」と呼ばれるパイロットのために家も家族も全て失ってしまった少年が、後に、「黄色の13」を中心とする黄色中隊と巡り合い、復讐心と親愛という相反する感情を抱えるという物語。

「黄色の13」は、ゲーム自体ではプレイヤーの敵。で、その敵がどういう人物であったか、そしてプレイヤーが行っている戦争の各局面が一般人にどのような影響を与えたかがムービーとして挿入されている、という仕掛け。

戦争の中には善も悪もなく、双方に「正義」があって、ただそれによる「犠牲」は確実に増え続ける。短いムービーではあるものの、そのシナリオが淡々と訴えてくる内容は、実に重い。

他作品との繋がりといえば、まさにこの「戦争によって自己の暮らしが変容させられていく一般人の視点で描く」というのは、『このセカ』そのものなんですよね。

あと、このエースコンバットを手掛けたことで、『ブラック・ラグーン』のアニメ化に乗り気じゃなかった原作者の広江礼威氏の信用を得た、という話も聞いたことがあるなぁ。

今回のために監督が追加したスタッフロール。客席から「おお」というどよめきが起こったのは、そこに「板野一郎」という名前があったから。

板野一郎さんといえば、『マクロス』などでの華麗な超高速空中戦の動画が“板野サーカス”と呼ばれてファンも多い、アニメ界のエースコンバット。ここでその名を見られるとは嬉しい限りです。

 

映画が終わり、場内が明るくなって幕が閉まると、客席から拍手。いいもの見せてもらいました。この拍手はこの後、全ての作品の後に送られました。

 

 

休憩を挟んで、続いては『アリーテ姫』。

お城の塔の最上階に閉じ込められ、ふさわしい王子が現れるまで無垢でいなければならないアリーテ姫

しかし、好奇心が強く思慮深い姫は、毎日こっそりと塔を抜け出し、城下の民衆の働きぶりを眺めては、私のこの手にも何かが出来るはず、という思いを募らせる。

しかし王様や求婚者達はそんな姫の在り方を認めようとしない。そこへ現れた魔法使いボックスに、自らの意思を奪われる魔法をかけられて連れ去られ、ボックスの城の地下室に監禁されてしまう――

…と、まぁ、一見するとありふれた童話のようではあるんだけど、実際にはフェミニズムをテーマとした「大人の童話」。

お姫様は何も考えなくていいよ、王子様にただ委ねていればいいよ、という外部からの圧力=魔法(呪い)に立ち向かう女性の物語。自らの在り方や職業を自分の意思で決める、自己実現の物語。少女革命。

ただ、原作の『アリーテ姫の冒険』はフェミニズム小説らしい(未読)んだけど、片渕監督は決してこれを女性だけの物語にしていないところが良いよね。

傲岸不遜な魔法使いの末裔・ボックスも、本当はたった一つの魔法しか使えず、既に滅亡したとされる魔法使いの一族が迎えに来てくれる日をただ待ち続けている。本当は自信がなくて、残された魔法の道具の力で民衆を従えているだけ。

給仕の女・アンプルの言葉によって自らの意思と行動力を取り戻したアリーテ姫は、最後にボックス自身を救うために声をかけます。目を閉じて、あなたの心の中にある「千年前の浜辺」を思い出せ、と――

 

シナリオも絵柄も色合いも地味な作品で、興行成績は芳しくなかったというのも、まぁ、納得ではあります。分かりやすい作品ではない。

ってゆーか、片渕監督の作品はどれも、何回か見ていくうちに真価が伝わるスルメなのね。デジタルアニメ!キラキラ!ヒロイン可愛い!感動しましたぁー!泣けましたぁー!ってゆーお手軽なモノを期待している人には向かないかな。

 

一番お気に入りのシーンは、終盤、アリーテ姫がボックスの城を追放される際に、

「戻ってきてはならぬ。もし戻ろうとしたならば、お前は雷に貫かれて死んでしまうであろう」

という呪いをかけられるんだけど、その時すでに姫は自我を取り戻していて、やった、ボックスの城を出られたわ、と内心では喜んで追放される。でも、すぐに給仕女のアンプルを救わなくちゃと考えるのね。

それで、城に背を向けたまま、おそるおそる、一歩だけ後ずさる。

………何も起きない。

もう二歩、三歩と戻ってみる。でもやっぱり空は変わらず青く、雷が落ちる様子はない。

ここで姫は、本当はボックスにたいした魔法の力はない、と気付いて、アンプルとその村を救うために果敢に反逆行動を取り始めるわけです。

 

この「呪い」が寓意であることは明らか。女はこうあらねばとか、世間体とか、あたしおかあさんだからガマンするの、とか。

でも、それって、本当かな?

疑って、思い切って行動してみたら、そうじゃない世界が見えるかもしれない。旦那さんは「いてらー」とあっけなく答えてくれるかもしれない。女ひとりでオールナイトに来たって、だぁれも気にしないし、ね。

 

あ、あと小黒さんオススメの例の「金色」は、ホントめっちゃ綺麗だった!

アレは序盤から示唆されてるから、きっとどこかで出てくるんだろうとは思ってたけど、予想以上に美しかったなぁーーー!片渕監督のこだわり万歳!

 

他作品との関連といえば、冒頭のシーンの「魔法は使えないけれど、確かに人の手は、魔法のような力を秘めている。それじゃあ、この手にも…?」と自分の両手をじっと見つめるアリーテ姫の姿が、まんま、すずさん。

想像力をはばたかせるのよ、と優しくさとすアンプルの姿は、まんま、マイマイ新子であり、さらに「千年前の浜辺を想像して」なんて、そのものズバリの台詞まで出てきちゃう。

 

片渕監督の作品全てに通じるテーマは「自己実現」、すなわち「自分の居場所はどこか」という話なんだけど、決してテーマを声高に叫んだりしないんだよね。

でも、さりげなーく、全ての作品に「居場所」、存在意義が語られる。

ブラック・ラグーン』のロックは自ら選んで光と闇の境界線上に立つ。独裁政治の暗部として産み出された双子は殺戮マシーンとしての存在意義を自ら選び、死んでいく。双子回のEDは涙なしには見れないぞマジで。

しかし、アリーテ姫は何度か見直したいと思うので、ネットフリックスさん配信おねしゃす。だから一回で理解しきれないんだもんよ片渕作品は!

 

 再び休憩。男性の入場者がめっちゃ多いもんで、珍しいことに「男子トイレが超混雑」という現象が起きてしまい、休憩時間が少し伸びました(女子トイレは空いてた)。

 

次の上映は『マイマイ新子と千年の魔法』。

姉貴のDVDと、ネットフリックス配信で既に2回見ているけど、スクリーンで見るのは初めてです。ってか35mmフィルムだし。今や珍しいし(笑)

昭和30年代の、山口県防府(ほうふ)市を舞台にした子供達の日常を描く物語。

前髪にマイマイ(つむじ)がある新子は、お祖父ちゃんからこの麦畑が広がる田舎にも、千年前は都があったと聞かされ、その千年前の都の様子を想像しながら毎日を過ごすのが好きな、明るくおてんばな女の子。

ある日、新子のクラスに、東京から貴伊子が転校してくる。お嬢様育ちの貴伊子は、最初は馴染めなかったものの、すぐに新子と仲良くなり、他の子供達とも一緒に、たくさんの冒険をする。

新子は、千年前の都に「ひとりぼっちのお姫様」がいると貴伊子に話す。貴伊子もそのお姫様に会ってみたいと思うけれど、新子のようにうまく想像力を働かせることができない――

 

子供達の日常と、新子が想像する千年前の風景がクロスオーバーする不思議な映画。

元気な子供の楽しい映画かと思わせながら、それぞれの登場人物が持つ葛藤や、「大人の事情」によって翻弄される子供たちの心を描く、かなり複雑な構造を持った映画。

てなわけで、例によって、一回見ただけではその良さが分かりづらく、しかもやっぱり絵面が地味だったりするもんで、興行成績はパッとしなかったそう。

しかしながらこの映画には熱心なファンがついて、この人々が後に『この世界の片隅に』の草の根応援団として、現在の大ヒットへの牽引役を務めることに。

いつも不満げな表情のタツヨシが、このセカの周作さんの少年時代にちょっと似ている。周作さんも満面の笑みを浮かべたらあんな顔になるんだろうか。可愛いのぅ。

エンディングのコトリンゴさんの歌声と、タンポポの映像が、そのまま『この世界の片隅に』に繋がるのがニクイ仕掛けよね。

 

最後の休憩時間もやっぱり男子トイレ混雑によりちょい伸び。

 

いよいよラストを飾るのは『この世界の片隅に』です。

時刻は夜明け前の4時、しかも何度も見ている作品ということもあって気が緩んだのか、やっぱり前半のほのぼのパートで何度か意識が飛ぶ。いやー、のんちゃんの声ってリラックス効果が高いよね……。

しかし、新文芸坐はめっちゃ音響が良い。てなわけで後半パートでは容赦なく空襲警報や大砲やミサイルの音に叩き起こされる。いやもう、円太郎さんのヘルメットに爆弾の破片が当たる音まではっきり聞こえたわ。

 

確かに、こうして続けて4本観賞すると、片渕監督が「戻ってきた」という意味がなんとなく分かる。

っていうか、ブレてない。

一見、真逆なものに見える『ブラック・ラグーン』と『この世界の片隅に』も、個人の力では動かすことのできない「世界」という大きな枠組みの中で、個人が懸命に生き抜くお話、という点では一致している。

それは主人公だけではなくて、そこにいる「さらにいくつもの片隅に」存在する全ての人々が――アリーテ姫の塔の窓から見える風景のあちこちにも――それぞれの意思を持って、生きている。

誠実なお人柄ゆえに、それをひとつひとつ拾い上げようとして、それで難解な作品になってしまったりするんだろうけど、だけど、だからこそ理解したくなる。応援したくなるわけです。

 

今回、私も自分の意思でこの場に臨んだのですが、いやー、やっぱ来て良かったです!

とりあえず年末の拡大版が楽しみだぁ……と、早朝の池袋の空気に、眠い目をこすりながら思ったのでありました。監督ー、頑張ってねーヾ(o´∀`o)ノ”