つれづれぶらぶら

花粉症持ちにとっては例年以上につらい春です(主に精神的に、周囲の視線が)

こどもの感性

親バカと言われそうなんですけどね。

うちの息子、どうやら「詩」の才能があるみたいなんです。

 

あのね、作文は全然ダメです。文法を理解してないんで、国語の成績はよくないです。だもんで、この子は読書は好きだけど書くほうは期待できないのかなーと思ってました。

ところが、去年、先生との面談で「コイくん(仮名)は、詩が上手いんです」って言われて、教室に貼りだしてあるのをいくつか読ませてもらって。

そしたら、これがなかなか良いんだわ。発想がファンタジックで、リズム感が良い。

いやまぁ、親バカだよな、と思って、他の子のも読んでみたけど、むむむ、比較してみても、うちの息子のがいちばん面白い。

他の子のは「うんうん、素直に書いたねー」という感じ。自分の体験をもとに、事実や考えたことを短い文節で書いた、作文のような「詩」。

その中で、うちの息子の詩だけが「幻想」を描いてた。秋の風景の移り変わりを「魔法」に見立てて、最後に魔法が終わったら冬になった、ってあたりも綺麗にまとまってたの。

 

で、家に帰ってから、息子に「あれ、何か参考にした本があるの?」って聞いたら、「んーん」と首を横に振る。

いや、確かに、なんかしょっちゅう夢想してるんだ、この子は。いっつもぼんやりして何かぶつぶつ言ってるから、集中力がない子だなぁ、と思ってたんだけど。

そんな息子が4年生のうちに書いた詩の中で、私が一番気に入っているのを、ここで紹介したいと思………いい?……あ、今、著作権者のOKが出ましたんで紹介しまーす。

 

 

むこうの町 石田兄弟

 

兄さんさぁ むこうの町ってどんな町

さぁ知らないよ ことりさんに聞いてみよう

むこうの町ってどんな町

花がいっぱいさいてるよ

ぼくたちもいつかは行きたい

いいじゃないか いいじゃないか 今いるところで

いいじゃないか ぼくたち仲よくしようじゃないか

 

 

まさかの「主人公が“石”」Σ(・ω・ノ)ノ!

最初、タイトルだけ見て「石田兄弟」っていうのは息子のペンネームかと思ったんだけど、「石」の兄弟だから「石田兄弟」だっていうね。

これは素直に「石の兄弟」にすべきだったと思うけどね。元の原稿には大小の石のイラストを添えてるから主人公が石だって分かるけど、こうして文字だけにすると伝わらないもんね。

 

ただ、まぁ、消しゴム跡なんかを観察すると、息子なりに工夫してるところが見て取れるんです。

例えば、4行目までの各行はそれぞれ「 。」が書かれてて、最初は明らかに台詞として書こうとしてたんですね。

でも、それだと、詩というよりは短い小説みたいになっちゃう。それを理解してか、あるいは何となく違うと思ったのか、消してある。それが正解だと私も思う。

 

何が気に入ったかって、“石”の気持ちを書くという発想もだけど、とりわけラストの2行が好き。

「いいじゃないか」を2回繰り返した後で、最後の行にもう一度たたみかけるように「いいじゃないか」を入れる。

この最後の「いいじゃないか」は、多分、他の子なら入れないと思うのね。「今いるところで ぼくたち仲よくしようじゃないか」ってなると思う。

それでも意味は通るけど、ここに「いいじゃないか」がもうひとつ入ることでリズムが格段に良くなることを息子は知っているのか。

 

これ、最後の行んとこ、どうしてこうしたの?

「電王の歌を参考にしたの。いーじゃん、いーじゃん、すげーじゃん、ってやつ」

ああ、うん、えーと、……よく分かんないけど、リズム感を重視したんだって意味は伝わったよ。

それを踏まえて、消しゴム跡を見ると、ラストの「仲よくしようじゃないか」はもともと「仲よくしようねぇ」だったらしい。それだと「いいじゃないか」の反復が活きないんだよね。

 

あと、内容的にも、「ぼくたちもいつかは行きたい」って夢を抱いておきながら、「今いるところで」という結論にオチているのも良いと思うんだ。

石は自由に動けないから可哀相ね、ってんじゃなくて、石はそこに在ることを受け入れているっていう解釈。

もちろんこれを石の気持ちじゃなくて「ぼく」のこととして受け止めて読むこともできるわけで、色んな不自由や不満もあるけど、ぼくら仲よくやっていこうというメッセージにも読める。

 

いやぁ、よく出来てますわ。

うちの子すげぇっすわ。ええ、親バカ上等っすわ。