富士見町図書館の新刊コーナーに『標本バカ』という本が展示されていた。タイトルのインパクトと絵の可愛らしさ、そして国立科学博物館で哺乳類(専門はモグラ)の研究をされている川田伸一郎先生がお書きになったエッセイだということで、興味をそそられて借りてきた。
読んでみると、これが実に面白い。
元々は『ソトコト』という月刊誌に掲載されているようで、調べてみたらオンライン上でも何編かが無料で読めるようだ。学術的ではあるが決して堅苦しくなく、人間味とユーモアの溢れるエッセイなので、ちらっとでも覗いてみてほしい。
この本では、標本とはそもそも何のためにあるのか、なぜ同じ生き物の標本を何体も何体も作らなければならないのか、標本はどうやって作るのかなどといった、我々が普段あまり考えたことのない事柄を分かりやすく説明してくれるとともに、日夜その標本を作り続ける研究者たちの苦労や楽しみをリアルに伝えてくれる。
例えば、動物園や市町村などから「動物の死体があります」という連絡が飛び込んでくると、どんなに大事なスケジュールが入っていようともキャンセルして現場にすっ飛んで行き、新鮮なうちに回収して解体、すぐさま標本にしなければならないこと。
それがゾウやキリン、クジラやトドといった大型動物の場合はとんでもなく大変な仕事になること。ゾウを研究所で解体しようとすると廃棄する肉の量が多すぎて産廃業者から届く請求書の金額が途方もないものになってしまうこと。
1日半がかりでキリンの解体をしたら腱鞘炎になってしまい、整形外科を受診したエピソードが面白い。
問診票の「いつからその症状があるか」という質問に対して、「3月末にキリンの皮剥きをした翌日から」と正直に回答し、待合室で本を読んでいたところ、看護婦さんから「キリンというのはあのキリンですか?」との質問。僕は「そうです、あの首が長い動物です」と返答した。
(P124「腱鞘炎の治し方」より抜粋)
看護婦さんもさぞや驚いただろうなぁ。問診票を見て「……は?」と二度見しちゃったんではなかろうか。「キリンの皮剥き」というパワーワードはなかなか目にするもんじゃなかろうて(;^ω^)
また、岡山から膨大な数のヌートリアが届いて、ひたすらヌートリアの解体をしまくった過酷な作業の中から生まれた名(迷)曲『ヌー(トリア)』の歌詞も巻末に掲載されているが、これは引用しないのでぜひ本を手に取って歌ってみていただきたい。川田先生の心の叫びが凝縮された歌詞が笑える。た、大変だなぁ研究者って……(;^ω^)
他にも、うちで飼ってる猫が謎の生き物を捕まえてきたんだけど何かしら、といった質問に対して、その生物がどの種に属するものかを見極める「同定」という仕事もあるのだが、テレビのミステリー番組の制作会社から「チュパカブラの同定依頼について」といったメールが来たこともあったそうだ(※チュパカブラ:家畜などの血を吸うとされる未確認生物のこと)。でも、だいたいその手のUMAの正体は皮膚病に侵された動物なんだって。
ちなみに、YouTubeの国立科学博物館公式チャンネルでは、このコロナ禍を受けて、「#おうちでかはく」といういくつかの動画をUPしている。川田先生の動画もいくつかあるが、ご自宅でモグラの頭骨標本を作る動画が実にほのぼのとしていて面白いのだ。
近くの幼稚園か保育園のお遊戯の歌が聞こえる中、鍋焼きうどんの容器でモグラの頭をぐつぐつ煮ている川田先生。後はピンセットでひたすらちまちまちまちま肉を剥がす。大雑把な私からすると気が遠くなるような細かい作業だが、そこはさすが、科博で何万点もの標本を作ってこられた川田先生である。
しかし、こうして標本について調べていると「ああ、科博に行きたい行きたい」という欲がうずいてしまう。上野の科博の剥製や標本の展示もかなり見応えがあるのだが、川田先生が勤務されている茨城県つくば市の標本収蔵施設のほうも年に1回だけ見学できるそうだ。今年のオープンラボは去る11月3日に開催されたらしい。ううー行きたかったなぁ。
なお、この本のあとがきによると、このインパクトのあるタイトルは、フランク・ザッパの『Dancin' Fool』(邦題:『ダンスバカ』)のもじりだとか。
懐かしいなぁザッパ。子供の頃、年の離れた兄貴が一時期狂ったように自室のステレオで流しまくっていたっけなぁ。