つれづれぶらぶら

さんれんきゅーさんれんきゅーヤッホーヤッホー♪

スワン・シュークリームの想い出

バターの焦げる甘い匂いを嗅ぐと、幸せな記憶が蘇ってくる。

 

 

今でこそ、各家庭の台所には当たり前のようにオーブン・レンジがあるけれども、私がまだ幼かった昭和のあの頃、オーブンのある家はとても珍しかった。

料理作りが好きな姉は、母が持っている古い洋菓子のレシピ本の写真を眺めては、いいなぁ、うちにもオーブンがあったらなぁ、と溜息をついていたものだ。

ところが、その頃、うちの家族が住んでいたアパートの階下に、お菓子作りが趣味のおばさんが住んでいたのだ。そして、そのお宅にはオーブンがあったのだ。

どうしてそうなっていたのか、幼い私には分かっていなかったのだが、なぜだか、近所の子ども達は時々そのおばさんのお宅に招かれては、おばさんお手製のお菓子をご馳走になっていたのだ。

おばさんの焼くマドレーヌが何より大好きだった。裏に紙のついた、丸くて大きなマドレーヌ。バターの焦げる香ばしい匂い。温かくてふんわりして、夢のように甘くて。

もちろん、近所には不二家だってあったし、リトルマーメイドのパン屋には焼き菓子だってあった。だけど、40年ほどを経た今になっても、マドレーヌといえば、おばさんのマドレーヌを真っ先に思い出すのだ。

 

『ダイヤモンドの王子様!』という恋愛小説の設定を作っているとき、登場人物の「好きな食べ物」は何だろうと考えていた。

maho.jp

自分でうんうん考えていてもまるで面白い発想が出てこなかったので、いつものように、旦那であり創作仲間でもある現観夢幻くんに「キャラクターの好きな食べ物を考えてくださーい。あ、犬ヶ岬はスイーツ男子にしたいんでヨロシク!」と乱暴に丸投げしてみた。我ながらヒドい嫁である。そして、「えぇ……?」と戸惑いながらもあれこれ懸命に考えてくれる現観くんはとても優しい夫である。

そして、スイーツレシピのサイトを巡ってうんうん唸っていた現観くんが「犬ヶ岬の好物は、……あ、マドレーヌとか、どう?」と答えた。「それだァ!」と膝を打つ私。

「武骨で寡黙な中継ぎ投手」と「マドレーヌ」。このアンマッチな取り合わせが面白くて、そこから犬ヶ岬の幼少期のイメージがむくむくと湧き上がってきた。きっとお母さんが焼いてくれたんだろう、その日の犬ヶ岬家の台所はきっとバターの焦げる甘い匂いに満ちていたんだろう……、と。

 

話を戻そう。

そのおばさんはマドレーヌ以外にもさまざまなお菓子を作ってくれたのだが、中でも、絶対に忘れることのない最高の想い出がある。

それは私の誕生日だった。5歳だったか6歳だったか、はっきりした記憶はない。

ただ、その日、おばさんが私のためだけにわざわざ作ってくれた特別のお菓子、「スワン・シュークリーム」の、そのすがたは、鮮明に覚えている。

まぁるく膨らんだシュークリームに切り込みが入って、その切れ目から真っ白な生クリームが白鳥の羽のようにたっぷりと溢れている。その反対側にはS字形のクッキーが、白鳥の首を模して立てられている。シュークリーム全体には純白の粉砂糖がかかっていて、きらきらと輝くよう。

幼い少女だった私にとって、それは憧れの「プリンセスのお菓子」だった。

なぜ、おばさんがわざわざスワン・シュークリームを作ってくれたのかは覚えていない。もしかしたら私がおねだりしたのかもしれない。お姫様のイラストか何かを見て、あたしもおひめさまになりたーい、なんて無邪気に言っていたのかもしれない。おばさんの名前も顔も覚えていない。うちの親がおばさんに対しどんなお礼をしたのかも知らない。でも、あの日のお姫様になったような誇らしい気持ちは、あの頃のおばさんの年齢を追い越してしまったであろう現在もなお、私の胸の中できらきらと輝いている。

 

バターの焦げる甘い匂いを嗅ぐと、いつも、幸せな記憶が蘇ってくるのだ。