諏訪信仰にまつわる話、続き。
諏訪明神(タケミナカタ)が諏訪の地に初めて降臨されたのはどこかという点については、2つの説がある。
ひとつは「橋原」であるという。これは、諏訪湖の釜口水門から天竜川が流れ出すあたり、現在の岡谷市川岸東の橋原区(旧橋原村)のこと。天竜川を挟んで、タケミナカタは藤の枝、洩矢神は鉄輪をもって戦った末に、タケミナカタが勝った、という伝説があるそうだ。
この伝説を裏付けるかのように、橋原区には「洩矢神社」が存在する。釜口水門から天竜川の東岸を進み、高速道路の高架橋をくぐってさらに辰野方面に進んでいくと、小高い山の上にうっそうとした森が見えてくる。それが洩矢神社である。
現在では、ゲーム『東方Project』の聖地としての知名度が高いようで、奉納されている絵馬のほとんどに、ゲームに登場するキャラクター「洩矢諏訪子」のイラストが描かれていた。また、私が訪れた時には、東方ファンとおぼしき若い人がいて、熱心に絵馬を眺めていた。
境内は広く、拝殿の周囲にはたくさんのお社が祀られていた。
この洩矢神社は、元からこの場所にあったのではなく、かつては天竜川のほとりにあったという。そして天竜川を挟んで向かい合う場所に「藤島社」があり、その2社を繋ぐように、大きな藤の木が天竜川を覆っていたという。あるとき、藩主がこの藤が邪魔だと思い、村人を雇って刈らせたところ、その村人は発狂してしまい、藩主にも祟りがあったという。この藤の木こそ、タケミナカタがかつてモレヤ神に勝利した際、その地に投げつけたものであったのだと。
では、その藤島社とは、どこにあるのか。
これもまた、かつては天竜川の西岸に祀られていたというが、現在は別の場所に移されているという。
その現在の藤島社を探して、釜口水門から今度は天竜川の西岸沿いを下って探してみたが、それらしき神社が見当たらない。こちらの道路は交通量も多く、きょろきょろ探しながら車を走らせるわけにもいかない。何度か往復しているうちに、中央印刷の建物の横、小さな鳥居とお社が見えた。
まぁ、会社の敷地内にお社を建てるのは珍しくもないから、これもきっと中央印刷さんのものだろう。しかし藤島社が見つからないなぁ、とその日はスルーして帰ったものの、後で調べてみると、やっぱりそれが目指す藤島社であった。
というわけで、もう一度その場所を訪ねてみた。
鳥居の横に建てられた柱に、小さい字で由来が書いてあった。もうちょっと大きな字で書いてくれると嬉しいんじゃがのぅ(老眼)。
あらためて見ても、やっぱり小さい。後ろにある中央印刷の建物(日本を代表する製糸業者である片倉組の旧社屋であり、登録有形文化財である)のほうが目立っていて、こちらが諏訪明神のお社ですよと言われてもちょっとピンとこない。
なんやったら、釜口水門のすぐ横にある「御社宮司神社」のほうがよっぽど威厳がある。その名からして、こちらはミシャグジをお祀りしている神社であるようだ。
洩矢神とミシャグジの関係はいまだに謎ではあるものの、洩矢神の子孫である守矢神長官が祀っている神がミシャグジであることから、おそらくはタケミナカタが諏訪に入る前から広く信仰されていた神なのであろう。この神社の境内には御社宮司神社と刻まれた祠がたくさん祀られていた。
さて、諏訪明神入諏伝説のもうひとつの場所は、守屋山麓である。要するに諏訪大社の上社付近ということだ。
そしてこの地にも「藤島社」が存在する。諏訪市中洲神宮寺の、高速道路のわきにある。これまたかつては異なる場所にあったそうだが、高速道路の整備によって今の場所に移されたそうだ。
この地においても、諏訪明神は藤の枝(あるいは藤鎰)、洩矢(守矢大臣)は鉄輪(あるいは鉄鎰)を持って戦ったとされる。そして諏訪明神が投げた藤の枝から根が生え葉が茂り花が咲いたという。
もちろん、今ここにある藤の木は、現代の人が植えたものだろう。でもきっと、花の季節は綺麗だろうね。それに免じて、高速道路の騒音がちょいとやかましいのは大目に見て頂けますかしらん。
それにつけても謎なのは、なぜタケミナカタが藤の枝で、洩矢神が鉄の輪なのかということだ。藤と鉄でどうやって戦うんだろうねぇ。これは物理的な力比べではなく呪術合戦だったのではないかとか、いやそもそも戦闘などなかったのではないかとか、研究家の方々でさまざまな解釈がなされているそうだが、いまだによく分かっていないらしい。
それと、私としてはやはり、岡谷の橋原も糸魚川静岡構造線の断層上にあることがやや気になっている。もちろん直接的に関係があるわけではないだろうし、そもそも諏訪はほとんどの要所が断層上にあると言っても過言じゃないから、たまたまだよ~とも思うんだけれども、ちょいと引っかかる、という程度に付け加えておくね。
諏訪はこの週末は気温が高く、春の息吹を感じる陽気だった。藤の花が咲く頃に、またぶらぶらと諏訪大社のあたりを散策してみようっと。古代の息吹を感じながら。