つれづれぶらぶら

栗林くんの記念Tシャツ申し込んだよん(*^^*)

【ケータイ小説】の想い出

今回のブログは、櫻木偲さんとヤマダマコトさんへのお手紙のようなものです。

あるいは、【あの頃の魔法のⅰらんど】で【ケータイ小説】を書いていた、いつかどこかですれ違ったことのある懐かしいあなたがたへ。

お久しぶりです、小泉秋歩です。お元気ですか。

 

あ、お話しする前にですね、素敵な音楽をおかけしましょう。

私の親友であるオルガニート©編曲家のMachiko♫さんが、彼女の実質的なデビュー作であるところの松任谷由実の『春よ、来い』をリメイクしたんですよ。これがまた素晴らしいアレンジになっていて、旧作と聴き比べるとMachiko♫さんの編曲家としてのスキルアップが分かるというね。あと、やっぱ雅流は音の膨らみがハンパなく良い。いやまぁ、ともかく聴いてくださいな。


♪ 春よ、来い/松任谷由実 ♪ Ver2.0

 

さてと。ラギさん(私は櫻木さんをこう呼んでいる)、このたびはお知らせくださってありがとうございました。たまにしか連絡を取り合わないのに、貴女からのメールはいつも必ず素晴らしい喜びを連れてくる。2016年の25年ぶりカープ優勝の際には真っ先におめでとうメールをくださったし、池袋のウテナ展へのお誘いも嬉しかった。仙台で頂いた定義揚げは、また食べたいと常々思っているところです。それはそうと、尖石にはいつお越しになりますか。貴女と縄文のビーナスを鑑賞する日を長いこと楽しみに待っております。コロナ治まったらおいでねぇ。

で、今回ラギさんから頂いたメールは、『このセルフパブリッシングがすごい!』という電子書籍で、ヤマダマコトさんと「あの頃の魔法のⅰらんどのケータイ小説についての対談」をしましたよというお知らせだったのでした。 

ヤマダマコトさん、いえ、あの頃のお名前で呼ぶのを許して頂けるのならば、田山はじめさん。本当にお久しぶりです。何年か前に一度、ⅰらんどの私書箱にお手紙を頂戴したことを覚えております。もう私書箱機能もなくなってしまって、ⅰらんどはコミュニケーションツールとしての役割を失ってしまったのですが、「あの頃のⅰらんど」は本当にコミュニケーションの場としてとてもエキサイティングでしたね。

 

あ、ラギさんと田山さんには通じると思うのですが、念のため申し添えておくと、ここで言う「あの頃」というのは2004年ぐらいから2009年ぐらいを指します。例の『恋空』ブームの以前・以後と言ったほうが分かりやすいかもしれない。

ちなみに、私が魔法のⅰらんどに参加したのはそれよりも古く2000年のことで、その頃はまだガラケー交流サイトとしての側面がメインでしたね。「誰でも簡単に自分のホームページが持てる!」というのは、ガラケーを手にしてインターネットの入口に立った者にとって、とても魅力的でした。私はまずゲームの「ぷよぷよ」ファンサイトに入り、そこで生まれた縁を伝って、横須賀若菜さんが運営していた「若チャ」という、よろず掲示板サイトにどっかり居座りました。この「若チャ」が何しろ楽しくて、多いときは20人ぐらい常連がいたのかな、なにしろ何時アクセスしても必ず誰かが掲示板に居るという状態で、酔っぱらってくだまいてるヤツはいるわ、ネカマはいるわ、荒らしは来たと思ったらなぜか常連客になっているというカオスサイトでした。楽しくて楽しくて、日々パケ死との戦いでしたよ。え、もう「パケ死」って死語なの?

で、その「若チャ」で自然発生的に始まった遊びが「まいっちんぐ学園」というリレー小説でした。タイトルひでぇな(笑)

リレー小説、と言いつつ、何のルールも決めずに、その場のノリだけで常連客が好き勝手に書き込んでいくので、設定もブレブレだし、全員が「俺こそ最強」をやりたがるので収拾なんぞつくはずがない。でもそのルール無用の大乱闘スマッシュブラザーズみたいなのが不思議なぐらい面白かった。そして、そこで知り合ったのが現在の夫である現観夢幻くんです。彼との掛け合いがなぜか猛烈に楽しく――ウマが合った、っていうのはこのことなんでしょうね、次第に、裏でこっそり2人で設定を作り合ったりして、2人だけの世界観を構築していきました。

その世界観をきちんと形にしたくて書いたのが、私のⅰらんどでのデビュー作となる『さくら散りなむ後のかたみに…』でした。

maho.jp

ちなみに、この作品の最後に「Replay」として展開されている部分が、「まいっちんぐ学園」でのログを再構築したもの(夢幻と春姫が現観くんのパート、秋姫が私のパート)で、それ以前の本編に当たる部分は、裏で現観くんと作った物語なのでした。

今読むと、表現も稚拙だし、何しろ2001年の魔法のⅰらんどの仕様で書かれている(その頃は1ページあたりタグ込み500文字までという制約があった)ので、読みにくいったらありゃしない。にもかかわらず、私は今でもこの作品がとても気に入っています。小説として優秀であるかとかそういう問題じゃなくて、まだ若かった私が、創作のパートナーを得て、すごくノリに乗った状態で書いている、いい意味での「荒っぽい」文章が、私の青春そのものという感じでとても大切に思っているのです。この頃はとにかく「書く」ということが楽しくてしょうがなかったな。何の野心もなかった。誰の評価も気にならなかった。書くことが好きで好きでたまらなかった。

 

そして、現観くんと風司子さんと3人で『風の東屋』という創作雑談サイトを立ち上げ、そこでまた交友関係を広げ(何しろ管理人が3人いるから誰が誰の紹介で来たのかもう覚えていないぐらい多くの人々との交流があった)、それから、2003年から2004年に書き始めたのが『梅の花、色は見えねど…』という小説なのでした。

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発表時はひっそりと仲間内で読んでもらっていたのだけれども、2006年に第1回目の「日本ケータイ小説大賞」の募集があり、それに応募したところ、すごい反響(従来比という意味で)があって、そこからまた交友関係が大きく広がっていった感じです。

そうそう。第1回目の優秀賞、貞次シュウさんの『地球最後の24時間』、本当に面白かったけど、あの頃からして既にⅰらんどの「本流」ではなかったですね。重厚感のあるパニックサスペンスもの。私、本を買いましたよ。レビューを書いたら、貞次さんがこちらに来てくださって、私の『梅』を褒めてくださったんです。あれで、貞次さんの人脈からお越し頂く方が一気に増えました。ⅰらんどの本流ではない、どちらかといえば「なろう」とかそのあたりに軸足を置いていらっしゃる方々が多くて、だもんで、あの頃はかなり広い層の方々との交流があったように思います。昔からの若チャの連中、東屋からのお友達、ⅰらんどの若年層の恋愛メインの創作家さんたち、硬派な創作ベテランのお兄さんお姉さんたち

田山さんと出会ったのもその頃でしたよね。霜月沙羅さんだったかラギさんだったか、どなたかから『市民クラブ』を読んでみてよ、と言われて読んでみたら、まず文章がⅰらんど離れしている(笑)っていうか、本格的な「小説」になっていて、貞次さんのもそうでしたが「あらまぁ、ⅰらんどにもこんなレベルの小説が存在していたのねぇ!」ととても驚きました。私もそうですが、どちらかというと一人称の「あたしの世界」を描く作品がほとんどの中で、きちんと群像劇を描いている作品はほとんどなかったように思います。ぶっちゃけ、「この人、本当は絶対プロでしょ」と思ってました(笑)

 

ところで、第1回目の「日本ケータイ小説大賞」に関して、ずっと記憶の端に引っ掛かったまんまのことがあるんだけれども、あれは田山さんが教えてくださったのかしら、どなたが見つけ出したのか覚えてないんだけど、応募作の中に『トラ・トラ・トラ』というタイトルの作品がありましてね。

これは怪作だ、いっぺん見といたほうがいいからと、どなたかに案内されて覗いてみたら、これがまぁ、小説じゃないのね。ただただひたすら、第二次世界大戦中の日本海軍の戦艦の記録をまとめただけのもの。今なら『艦これ』とかあるから、あ、艦これファンの人なのかなって思えるけれども、あの頃に戦艦の記録なんて読みたい人ほとんどいなかった。だから、本当に戦艦ヲタクの人か、あるいは元海軍のおじいちゃんか、そういう人が書いたんだと思う。物語じゃないの、本当にただの記録。どこどこ艦隊所属、何名乗船、どこそこの戦いで沈没、何名死亡、みたいなメモがずーーーっと続いてるだけのもの。

あの頃はⅰらんどのブックを日記代わりに使っている人もいたから、別にそういう記録にブックを使ってもおかしくはないんだけど、だから、私がいちばん不思議だったのは「なんでこのひと、ケータイ小説大賞に応募しようと思ったん……?」という(笑)

 

でも、私があの頃のⅰらんどが好きだった理由は、本当にそういう、なんともいえないカオスな雰囲気でしたよ。上手いとか下手とか関係なく――若い子の小説とか、すごかったもんね、漫画から文字だけ拾って並べたようなのとかありましたもんね。

 

ガチャッ。バッ。

私「キャッ!」

祐司「あ、悪ぃ悪ぃ」

私「ノックぐらいしなさいよ!バカ!」

バチーン。

祐司「いってぇ…。ヒリヒリ。ってか、お前が着替えてるなんて知らなかったから!」

ぷんぷん。

祐司「悪かったよ、出ていくよ。でも、おっぱい大きくなったな…ヘヘッ!」

カーッ!

私(…バカ!祐司ったら…キャー!)

 

……これは今テキトーに私が作った例文ですが、本当に、冗談じゃなくて本当に、この手の「しょうせつ」がいっぱいあった。しかもこの上さらにギャル文字とか使ってあってね。読めねぇっていう。

でもねぇ、そういうのがあるのも含めて、好きだったの。

もう書きたくて書きたくてしょうがないんだろうなっていう。国語の成績とか悪いんだろうけど、でも書いて誰かに読ませたいっていう気持ちだけがほとばしるような。それを許してくれる環境が、「あの頃の魔法のⅰらんど」にはあったと思うのです。コミュニケーションツールとしても自己表現ツールとしても、とにかく敷居が低くて、ユースホステルにある雑記帳みたいな、何でも書いてけや的な、そういうおおらかな雰囲気がとにかく愛おしかった。戦艦ヲタクのおじさんも、なろう系のお兄さんも、耽美系もファンタジー好きも、妄想恋愛をしたためているお嬢さんも、もれなく寄っといでっていう。

だから、私が未だにⅰらんどに片足を置いている理由は、あの頃に出会ったたくさんの人々――ラギさんも、そして田山さんにも、もしかしてまた出会えるかもと思う気持ちがあるのです。私はよく自分の居場所のことを辺境の東屋に例えますが、ふと近くを通りかかって、廃墟かなと思って覗き込んだら、あれ、まだ灯りが点いてんじゃん、と思ってもらえたらいいなと思うからなのです。辺境の守り人という立ち位置です。

そのおかげで、また田山さんにもこうして再会できた――って、えっ、田山さん、うちの現在のサイトにお寄りになったって?えええええ。はじゅかちぃ(*ノωノ) 何しろ最近はプロ野球カープのことしか書いてない(*ノωノ) 魔法のⅰらんど広しといえども、プロ野球の観戦マニュアル書いてる人間はおそらく私しかいませんよ。えっへん!

 

あの頃、好きだった作品も、いくつかは消えてしまいましたよ。寂しい話ですね。

私のレビューから遡れる作品はいくつかあって、それはおそらく①保存された、もしくは②放置された作品だと思うんだけど、作者が保存せずに消滅させてしまったものはレビューそのものも消えてしまって、田山さんの『市民クラブ』もそうでしたが、龍谷新生さんのご紹介で知り合った宮田美代彦さんの『斬れと鳴く風』とかもまた読みたいなと思うところです。

ファンタジーも多かったですね。今でも仲良くしてくださっているパティさんの『Catastrophe』は、今なおⅰらんどで連載中ですが、消えた作品の中でねぇ、もうタイトルも作者名も思い出せないんだけど、レビューを書こうとして下書きをしている真っ最中に作者の方が消去されたという経験もございますよ。あれは本気でもったいなかったなー。本格的な長編ファンタジーで、でもコミカルなところもあって、でもそのクオリティに対して読者数が伸びなかったから、レビューを書いて応援したいと思ってたんですね。2006年以降、創作家としての私よりも、レビュアーとしての私のほうが魔法のⅰらんどの中で知名度が高くて、「小泉さんのオススメなら読む」と信頼してくださっている方が何人かいらっしゃったの。だから、レビュー書きたいなって思ったんだけど、タッチの差で間に合わなかった。あれはもう一度どこかで出会いたいですね。

 

こうやって思い出していると止まらないですね。いくらでも思い出せてしまう。

エッセイも面白いのたくさんあったんだよ。今でも時々、つなさんの『迷惑メールと会話してみた』とか読み返してますもんね。自分のケータイに届いた迷惑メールを晒してツッコむだけの内容なんだけど、何回読んでも絶対に笑ってしまう。イエローキノコとか、……ぷぷぷ。

だから、「ケータイ小説=『恋空』みたいなやつ」と思われてしまったというか、あれがあまりにも売れ過ぎてしまって、そのせいで書き手のほうも「ケータイ小説なら恋空みたいなのを書かなくちゃ」と思い込んでいた節もあったし、運営さんも、一部のスタッフさんはその他のジャンルを掘り起こそうとしてくれていたけど(ラギさんの『十四の夏』に共感してくれたスタッフさんは、おそらくそちら側の人ですね)、スターツカドカワが2匹目の恋空ドジョウを狙いすぎてしまったのか、やはり、あれ以降、カオスさが薄れてしまって画一的になってしまったというか、私と交流のあった人々もどこかへ行ってしまって、寂しいですね。『恋空』のせいじゃないんだけどね。

もちろん、それはインターネットの創作サイトがたくさん生まれて、また電子書籍などの発表形態も多様になって、それぞれの書き手が自分に合った場所を見つけられるようになったという良いことの結果でもあるのです。遅かれ早かれ、ⅰらんどは衰退する運命にはあったのでしょう。そもそもがガラケー向けのサービスでしたし。

でも、こうやって思い出すと、いい想い出ばかりが浮かびますね。たくさんのイベントに参加させてもらった。私が企画した『そうさく百物語』のイベントとかも、あれはあれで面白かった――それぞれの参加者が台詞や単語を1つ2つ持ち寄り、抽選で各自に強制的に割り当てて、それを必ず織り込んだ短編小説を書く、という企画だったんです。めちゃくちゃ使いづらいお題をわざと持ってくる人もいたり、全部のお題を使ったコンプリートに挑戦したりする人もいたりしてね。ホント、楽しかったわ。

 

いや、久しぶりに思い出せて、私自身もとても嬉しかったです。田山さん、いやヤマダさん、ラギさん、ありがとうございました。

あ、そうそう、SINKAさんの『ケータイ小説研究所』ね、実は私も呼ばれていたんですよ。あゆみんさん(『ニンギョウの杜』など出版)から「次は秋歩さんにバトンを繋ぎたいです」と連絡があって、うわー、あのSINKAさんと対談できるのか、とドキドキして待っていたら、企画自体が中断してしまったという……(;^ω^)

 

ところで、ラギさん。

ラギさんと出会うきっかけになったのが何だったのか、いまひとつ思い出せないんだけど、いつの時点でどこで出会ったんだっけ?パティさんか知村さんとこだっけ?ラギさんの交友関係の広さには、私も本当に感心してるんだわー(*´ω`*)