「『ヌンペ王国の紅茶王国』の話をするね」
近所をぶらぶらと散歩していると、不意に息子がこう言い出した。
始まったな、と思った。空想設定シリーズだ。 うちの息子がよくやるやつ。
「紅茶王国にはね、紅茶がいるの」
「そりゃそうでしょう。いや、日本語としては、紅茶があるでしょう?」
「違うんだよお母さん。紅茶がいるんだよ」
「ちょっと待って。君が言っている紅茶って、アレでしょ、お湯に浸けてチャッチャッてやったら美味しいお茶ができるアレのことでしょう?」
「違うって。紅茶っていうヒト、……違うな……、生物なんだよ」
「ああ、そういう意味か。紅茶っていう名の生物がいるわけだね」
「そうそう。で、お母さんが言っているアレは、紅茶が持ってるキーホルダーなの」
「ん?ティーバッグがキーホルダーになってるの?それでお茶を作って飲んだりするの?」
「しないよ。だって、キーホルダーだもん」
「いやいやいや、おかしいでしょ。ティーバッグはお湯に浸けてチャッチャッでお茶を作るものだから、それがキーホルダーになってるってことは、キーホルダーをお湯に浸けてチャッチャッって、あれ、キーホルダーはお湯に浸けたりしちゃいけない……、だから……、あれ?……いいのか???」
「それでねぇ、緑茶もいるんだよ」
「お母さんを置いて、勝手に話を先に進めないでくれるかな」
「ウーロン茶もいるし」
「うん」
「麦茶もいるし」
「そりゃ、まぁ、いるでしょうねぇ」
「『午後の紅茶』もいる」
「……う?……うん、まぁ、ペットボトルを着てるかどうかの、見た目の違いだけだから、そ、そうだねぇ」
「あと、グリーンスムージーもいる」
「待てぇい。そいつは敵だ。敵のスパイだ。何を、しれっと、ボク緑茶の仲間です~みたいな顔をして入ってきたんだ。そいつはお茶じゃないぞ。ホウレン草とかケールとかだぞ。とっとと追い出せ。つまみ出せ」
「それからね、コカ・コーラもいるの」
「あからさまに敵やないかい!バレバレやないかい!国境警備はガバガバか!」
「あはは。でもね、グリーンスムージーとコカ・コーラの2人は、旅に出ていったんだ」
「よし。そのまま二度と入国できないようにしておけ」
「紅茶王国には色んなものがあってね。お城もあるし、道路も、橋もあるし、セブンイレブンもあるんだよ」
「ほー。そのセブンイレブンには、世界じゅうのお茶がずらっと並んでて、好きなお茶をいつでも買えたりするんだろうねぇ」
「そんなわけないじゃん。バカなの、お母さん。コンビニ知らないの?」
「え」
「おにぎりとかパンとか雑誌とかを売ってるに決まってんじゃん。あと、ジュースとか」
「そこか!連中はそこから入ってくるのか!」
「カルピスウォーターも売ってる」
「国境警備がガバガバな理由が分かったわ。……ところで、さっきからずっと、ツッコむべきかどうすべきか迷ってたんだけど」
「んー?」
「『ヌンペ王国の紅茶王国』って、なんやねん。王様が2人おるやんけ」
「あはは」
「あははじゃないよ。この王国の支配関係はむちゃくちゃか。国民はどっちの指示に従えばいいか分からんやないかい」
「だいじょぶだいじょぶ。ヌンペ王国が『県』で、紅茶王国が『市』みたいなものだからさぁ」
「すでに『国』ですらなかった!」
「そうなんだよ。勝手に『王国』って言っちゃってるだけなんだ」
「『吉里吉里国』みたいなもんですか」
「なにそれ?」
「……いい、いい。昭和の頃にね、そーゆーのがあったの」
「へー」
「で、紅茶は分かったけど、『ヌンペ』て誰?」
「知らないよ」
「なんでさ。何者なの」
「知らないってば。さっき、頭の中に適当に出てきた言葉だから」
「設定ないんかーい」
という他愛もない会話をしながら、ぶらぶら歩いておりましたとさ。内容は、ないよう。おしまい。