つれづれぶらぶら

5月の反射炉ビヤ行きますよー!酔い蛍グループの皆さんにまた会えるかな?

獺祭を飲むと思い出す

あけましておめでとうございます。

2022年はどんな年になりますかね。皆様に良いことがありますように、そしてそろそろこの感染症がちょっとは治まりますように。いや、おそらく完全に治まることはないだろうから、適切な対処方法が確立されて、皆がインフルエンザぐらいの危機感で付き合えるようになればいいですね。

 

今年は、極めてまったりとした正月を過ごしております。

例年なら、諏訪大社にお参りに行ったり、親戚にご挨拶に回ったりするんですけど、去年から諏訪大社からは「分散参詣にご協力ください」と言われているもんで、松の内のお参りはやめとこかね、と。親戚も喪中だったり病人がいたりするもんで、今年は遠慮することに。

ひまひま~。初売りにちょこっと寄って、温泉に行って、ネットフリックスで『映像研に手を出すな!』のアニメを一気見して、図書館で借りてきた『蟲師』全10巻を一気読みして、あとはもう、ごろごろしながら、大晦日の晩餐の残り物をつまみに、獺祭(だっさい)をちびりちびり飲んでます。

 

獺祭、美味しいですよね。 

獺祭を飲んでいると、下関のTさんのことを思い出します。

若い頃、私はあちこちの営業所を転々としていて、下関もそのひとつでした。下関は私の大好きな街のひとつで、上司や同僚との相性も良く、毎日楽しく働いていました。ところが、同じ課のTさんとだけは、どうしても打ち解けることができませんでした。

Tさんは、定年間際のおじさんで、口数が少なく、いつも気難しい顔をしていました。専門的な仕事を黙々とこなすベテランで、職人気質という言葉がぴったり合う雰囲気の人でした。仕事中に無駄話をしているところを見たことがなく、挨拶しても頷く程度。だからといって協調性がないわけでもないんだけど、なんだかなぁ、ちょっとあの人苦手だよねぇ、と課内の皆は思っていました。

そんなある日、課内の忘年会をしようってことで、「せっかく下関なんだから豪勢に、ふぐ刺し行っちゃわない?」という課長の号令で、地元の料亭へ全員で繰り出しました。ちなみに、下関だからってふぐが安いということはないですよ。馴染みの料亭さんにぎりぎり頑張って安くしてもらっても、飲み放題付きで1人1万2千円でした。まだ安月給だったから年末に厳しい出費だったけど、それでも本格的なふぐ刺しなんてなかなか食べられるもんじゃないからね、うきうきしながら行きましたよ。

ところが、宴会場に着いてみると、なんと私の席はTさんの隣。あっちゃー。定年間際の気難しいおじさんと、新人に毛が生えた程度の女子営業マンとの間に、どんな会話の糸口がありましょうか。ビールで乾杯しても、Tさんの横顔はぶすっとしたまま。あーあ。遠くの卓から、ひょうきんなK先輩や可愛いMちゃんの笑い声が聞こえてくるよ。うちの上司のS係長は何を食べててもダンディだなぁ。あーあ。あっちの席だったら良かったのになぁ。

そのとき、Tさんが料亭の給仕さんを呼んで、飲み放題の酒はどんなものがあるのか尋ねていました。やがて、Tさんは「お、獺祭があるのか」と弾んだ声で言いました。

今でこそ、獺祭は全国どこの酒屋やネット通販でも売っていて、たいして日本酒に詳しくない人でも知っている人気銘柄のひとつですけれども、その当時は、まだ獺祭はそれほど有名ではありませんでした。その料亭では「山口県の銘酒」という意味で置いていたのでしょう。

獺祭を注文したTさんに、私はなにげなく話しかけました。

「あの、だっさいって、“カワウソのまつり”って漢字を書くんですよね?」

すると、Tさんはビックリした目をして、「なんで知ってるの?!」と、私のほうにずいっと身を乗り出してきました。

予想外のTさんの反応に、私はちょっとひるみながら、「いや、そのお酒を知っているわけじゃないんですけど、向田邦子の小説(『かわうそ』)の中に獺祭図という絵が出てくるので、えーと、カワウソは獲った獲物を浜辺に並べる習性があって、それがお祭りみたいに見えるっていう意味だって、そういうことを思い出したってだけで、そのぅ……」と、もごもごと答えました。それでも、Tさんはご機嫌になって、早口で色んなことを教えてくれました。

 

いやいや、若いのに、獺祭って言葉を知ってるってのはたいしたもんだよ。そういうのを知っているのと知らないのとでは大違いだからね。獺祭はね、周東(現在は岩国市周東町)の旭酒造っていう蔵元が作っている日本酒でね、すごく丁寧に作られていて、俺、大好きでね、獺祭ファンクラブっていうのがあってね、俺も入ってるの。そうだ、小泉さん、アニメが好きだって言ってたよね。エヴァンゲリオン庵野監督、知ってるでしょう?あの監督もね、宇部の人なんだけど、獺祭のファンでね、キューティーハニーの映画にも獺祭が映ってるんだよ、もう観た?まだ観てない?そりゃ観たほうがいいよ、あの映画おもしろかったし。

獺祭はまだ山口県内ぐらいでしか知名度がないけどさ、映画の影響もあって、今じわじわと知名度が上がってきてるんだよ。そのうち、こんな値段じゃ飲めなくなっちゃうかもしんないから、よかったら君も飲みなさいよ。日本酒だからって毛嫌いしてちゃもったいないよ、獺祭は若い女の子にも飲みやすいっていう評判なんだから。ほら来た。一口だけでもどうだい。ほら。ね。飲みやすいでしょう。ああ、俺は手酌でいいよ、お酌されるの好きじゃないんだ。お酒は各自のペースで飲むもんだよ、無理して飲むもんじゃない。そんな飲み方じゃ獺祭がもったいないからね。君も手酌で行きなさい。俺は無理に勧めたりしやしないから。

ふぐ刺しは初めてかい。そんなちまちま遠慮して食べるもんじゃないよ。お箸をこうやって、ざざーっと滑らせて、一気に取るんだ。せっかくのふぐだ、豪快に食べなさい。で、これが安岡ネギね。下関のふぐ刺しにはこの安岡ネギが欠かせない。細くて繊細な味でね、これをふぐで巻いて、パクッといってごらん。そうそう。いやいや、俺だってこんなふぐ刺し、そんなにしょっちゅう食べられるもんじゃないよ。美味しいねぇ。こっちのふぐ汁もいい出汁が出てるねぇ。

 

そんな感じで、Tさんは終始ご機嫌で色々なことを教えてくれて、とても楽しい時間を過ごしたのでした。その頃、そんな私とTさんの様子を、他の卓の皆は驚きの目で見ていたようで、宴会終了後、K先輩たちが私のところへ駆け寄って来られました。

「いったい、あのTさんと何の話であんなに盛り上がってたのっ?!」

「えーっと、エヴァンゲリオンとかキューティーハニーとか……」

「ハーッ?!」

……ま、そりゃ驚きますわなー。

でも、この忘年会の後、Tさんの雰囲気はずいぶん柔らかくなって、挨拶にもちゃんと声を返してくれるようになりました。まぁ、職人気質で寡黙なのは変わりませんでしたけど。

Tさんと同じ課で働いたのはたったの1年間で、その後はTさんとの接点はなかったから、きっともうTさんは私のことなんて覚えてないだろうな。

お元気にしていらっしゃるかな。シン・エヴァはご覧になったかな。今頃、Tさんも獺祭を飲んでいるのかな――なんて、遠く下関の街に想いを馳せながら、獺祭を手酌で、もう一杯。