「欲望という名の旅行part2」、その詳細。
前の記事でご紹介したとおり、シモキタエキマエシネマK2で開催されている濱口竜介監督特集上映「映画と、からだと、あと何か」を観に来たのである。
9月7日の上映作品は、『永遠に君を愛す』(2008年)と『天国はまだ遠い』(2016年)、『Walden』(2022年)の3本立て。どれも円盤化されていない作品なのでなかなか観る機会がなくて、とても楽しみにしていた。
『永遠に君を愛す』は58分の短編。
結婚式当日の1日を、いくつかの視点で描く初期の短編映画。秘密を抱えたまま結婚式場へ向かう花嫁の永子の視点、前夜の酔いが抜けない新郎の誠一の視点、永子の浮気相手である寿志の視点の3つを軸としつつ、その合間合間に、結婚式の聖歌隊を務めるバンドメンバーの練習風景がなぜか挿入されるというちょっと風変わりな構成。
脚本は濱口監督ではなく、ある意味ベタな結婚式ドタバタ劇で、まあまあ先の展開も読めちゃう感じかな。いわゆる、結婚式の会場に浮気相手が乗り込んでくるという『卒業』パターンの物語。永子は寿史と手に手を取って駆けだすのか、それとも誠一を選ぶのか。こういう物語自体に目新しさはないんだけれども、カメラワークには現在の作品に繋がるものがいくつも見られた。例えば、濱口監督作品のお約束のひとつでもある、車や電車内でのちょっと長すぎるんじゃないかというぐらいの長回しや、鏡を使ったカメラワークなど。
マイナス面としては、役者さんの演技が全体的に固く、お約束の「棒読み演技」がそのまんま棒読みっぽくなってるあたりが気になった。感情的な台詞であればあるほど「お芝居」っぽくなっちゃってて、少し残念だったかな。そこから考えると同じ棒読み風の演技であっても『ドライブ・マイ・カー』は抑えめの台詞からあれほどの感情が溢れ出してきたのはすごいと思う。
余談だけど、この聖歌隊バンドメンバー役で、東京事変の「浮雲」こと長岡亮介さんが出演されているのでファンの方は要チェック。
『天国はまだ遠い』は38分という掌編作品。こちらは濱口監督脚本で、台詞の切れ味の良さと、構成の面白さが際立っていた。
最初の10~15分ぐらい、妙な違和感のある映像が続く。アダルトビデオのモザイク付けを職業とする雄三は、三月(みつき)という女子高校生と暮らしているらしい。だけど、彼らが親子や兄妹なのか、それとも年の差カップルなのかという関係性を説明するものが何もない。さらに、喫茶店で五月(さつき)と話すシーンは、明らかに映像として奇妙である。どういうことなんだ?と違和感がピークに達した中盤で、ようやくネタばらしがあって、ああ、そういうことなのかと納得させられる。
特に素晴らしいのが後半の展開。五月が撮っているドキュメンタリー映画という形式で、固定カメラの雄三のバストショット。真っすぐに観客のほうを向いた雄三が、淡々とある「秘密」を話し続ける。この真正面を向いて話す人を延々と長回しで撮るのも、濱口監督作品の代名詞といえる。
脚本がとりわけ素晴らしい。台詞のひとつひとつに無駄がない。いくつかの挑発的な台詞があり、冷静な中にも激情をぶつけ合うような台詞の応酬があって、その果てに、お互いが背負う悲しみをわかちあう美しい奇跡の一瞬がある。しかしそれすらも、本当に奇跡が起きていたのか、それとも奇跡など起きていなくて全ては雄三の狂言、あるいは妄想だったかもしれないという可能性も薄く残している。『偶然と想像』に繋がるものも随所に感じ取れる。そういえば五月役の玄理さんも同作品に出てたっけね。
『Walden』はわずか2分の映像作品。2022年ウィーン国際映画祭のトレイラーとして作られたもの。撮影・録音・編集もすべて監督の手で行われた。これは公式動画が公開されているので、私があれこれ言うよりも実際に観てもらったほうが早いかな。
『悪は存在しない』のワンシーンと言われてもおかしくない感じ。あのオープニングの森の樹々の映像や、沢の水汲みの場面を思い出す。もしかしたらこの映像も富士見町あたりで撮られたものなのかも。途中からは音楽と朗読が入るけれども、そこまでは自然音のみ。蝉しぐれ、烏の鳴き声、かすかな風音。夏の夕暮れの静かな風景。極めて日本的な感性で撮られたものだと思う。あるいは、哲学的な、とでも言うべきか。
めったに観れない作品を観ることができて、やはり下北沢まで来て良かったと実感した。とりわけ『天国はまだ遠い』が良かった。トリッキーな映像の面白さもありつつ、人と人が心の奥を晒して対話を重ねていくことに対する濱口監督の普遍的なテーマを感じ取ることもできた。いや面白かった!欲を言えばその他の作品も全部スクリーンで観たいんだけどね。東京の人が羨ましいなぁ。長野県内の映画館もなにとぞ特集上映を開催してほしいと切に願ってやまない……!!!