つれづれぶらぶら

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『ここは今から倫理です。』ドラマ版

良かった~~~。・゚・(ノ∀`)・゚・。

www.nhk.jp

もうね、漫画原作のドラマ化はNHKかテレ東に任せとけばいいんじゃないっすかね!(何のことを指しているのかはあえて言わないが)

とりわけ、この漫画は題材からしてNHK向けだと思ってたし、原作をいじくって過剰にセンセーショナル(レイプや自傷行為などの部分を膨らませるなど)な脚本にしようと思えばできなくもない内容だから、なおさら、ドラマ化するんならNHKに、あの原作の静かで薄暗い雰囲気を保ったまま再現してほしかったのね。いや、良かった、良かったっす。NHKさんありがとうございます。

 

私がこの原作漫画を知ったのはかなり前のことで、最初に見た時は、その独特の絵柄に「『月刊漫画ガロ』とか『コミックトム』などの昭和の劇画誌から抜け出してきたような雰囲気があるなぁ」と思ったりもしたのですが、なにしろ表紙に描かれた高柳先生(たかやな)の色っぽいこと色っぽいこと。ああ、あの野球選手みたいな分厚い胸板がたまんねぇ。あの喉仏をずっと眺めていたい。あのタートルネックセーターはけしからんですよね全く(ハスハス) 

 内容は王道の「学園もの」で、だけど扱う教科が「倫理」だという。学園もので倫理だと、昭和ドラマだと「腐ったミカン」とか「一生ゼロのまま終わるのかっ?」とかそういう暑苦しい熱中先生がいて、迷える生徒をガンガン指導していくタイプのお話かなと予想してしまうんだけど、この漫画はそうじゃない。

高柳先生はたいていの場合とても静かで、生徒の心の内側にずかずか割り込んでくることもない。たとえ生徒が校舎内で性交していたのを目撃したとしても、顔色一つ変えずに「合意ですか?」と尋ねるぐらい、クール、っていうか冷静すぎて変な人よねこの先生。生徒よりも先生自身のほうの心の壁がでかい。ATフィールド常に全開。

で、この高柳先生は実は傷つきやすい。何を考えているか分からない無表情の裏側に、たくさんの葛藤があって、いつもどうしたらよいのか迷い、時に深く落ち込んで不貞腐れたりもする。でも表情はほとんど変わらない。分かりにくい人。

でも、それがいいんだよね。昭和ドラマのように「先生が絶対的存在」じゃなくて、生徒とともに悩んだり落ち込んだり苦しんだりする。倫理という教科そのものに答えがないから、常に「どうあるべきか」を考えてもがき続ける。その考え続ける姿こそが倫理的である、と。

原作は2巻の途中ぐらいまで読んだのかな。今5巻まで出てるんですね。うおー読みたい。どうしよっかな(*´ω`*)

 

で、ドラマ版の話。

良かった~~~。・゚・(ノ∀`)・゚・。

まぁ、まず何が良かったかって、山田裕貴さんが演じる高柳先生ですよ!メインビジュアルが公開された時、「おおおおおおたかやなが実在してるうううう」と興奮しましたもんね。あのクールな表情と美貌、そんでもってあの首の太さと肩幅と胸板の厚みですよ。よくもまぁこんなにもイメージぴったりの俳優さんがいたことよ、……ん?ってか、この俳優さんの顔、なんか見覚えがあるぞ?そう思って検索してみると、ああ!ゴーカイブルー(『海賊戦隊ゴーカイジャー』)かぁ!『スーパーヒーロー大戦』での演技がなんかすごく印象に残ってんだよね。えーっと山田裕貴さん……、って、え?なんと!カープの山田和利コーチの息子さんだって?マジか。しかも自身も高校まで野球やってて、最速142キロの球を投げれるって、おいおいそれもうローテーションピッチャークラスじゃん、今からでもいいからカープに来てくれ。ああ、だからこの肩幅と胸板なんだなぁ。まさに適役じゃん……。

ルックスもだけど、演技も上手いですね。たかやなは感情を言葉にしないタイプの人物だから、そのぶん、かすかな目の動きとか、台詞の「間」とかで感情を表現しなきゃいけなかったと思うんだけど、すごくよく伝わってきましたね。最終回で、都幾川幸人がまっすぐに顔を上げて皆に話しかけているのを見た瞬間のたかやなの表情にグッと来ました。5話ラストで高柳先生がたった一人で苦しんでいたことへの救済というか。ああ都幾川くんもちゃんと成長したんだな。

最終回は「対話」という、ドラマの絵ヅラとしては非常に地味だったけど、そのぶん、生徒一人一人のこれまでの物語を照らし合わせてみると、どの子もちゃんと自分の問題を自分で受け止めていることが分かって良かったっすね。もちろん、「解決」なんかしていない子も多くて、おそらくあの教室の外に出ればまた苦しいことがたくさんあるんだろうけど、高柳先生の教えがひとつの錨となってこれからのあの子たちを支えていくんだろうなぁと思ったら、なんかもうじんわりしちゃう。ってか、あの対話のラストにあのピアノのテーマ曲を被せてくるのズルくない?あのピアノ鳴り出した瞬間に涙腺ジワッちゃったよ(´;ω;`)ウッ…

 

過去回も、どれも良かった。重たいテーマを扱いながらも、ときにはコミカルな演出があったり、センセーショナルな部分はさすがNHKだけに配慮が行き届いていて、刺激的になり過ぎないようにしてありましたね。生徒だけでなく先生たちにもまた意見の相違があったりして、職員室で「浮いている」たかやなの姿が可愛かった。3話以降、ちょくちょく物理の松田先生が高柳先生の横にいるのがいいですね。

とりわけ印象的だったのは4話かな。「人間は善なるものか悪なるものか」という究極のテーマで、教室の外で描かれる部分が多く、そもそもドラマチックな内容であったことも大きいけれど、やっぱり後半のジュダとの会話シーンが素晴らしかったですね。

それまでの3話では、高柳先生が生徒たちを正しい/善なる方向へ導いていく物語が淡々と語られていて、たかやなは揺るぎない正しい存在だ、という前提が語られた上での、この4話。ジュダとの間で交わされる善悪論の中で、たかやなが初めて劣勢に陥る。「悪」こそが人間の本性であると激しく詰め寄ってくるジュダの言葉の攻撃に、たかやなは必死で踏ん張り、苦しげな表情で「善」であるべき意義を語る。

ジュダを演じた成河さんのインタビュー記事によると、成河さんはジュダを演じるに当たって「闇落ちした高柳」だと思って取り組んだとのことで、「高柳と完全に同じ場所にいて、反対の結論を出したひと」という解釈は、なるほどなぁと思ったのでした。

たかやなとジュダは確かによく似ている。自分の立ち位置をきちんと自覚している人。ゆえに、何も考えずに流されていく近藤陸に対して、ジュダは最初、馬鹿で何も考えていない=玩具にしてかまわない存在として扱い(高柳の教え子であることに気づいて直前で止めたわけですが)、高柳先生もまた、珍しく声を荒げて「ちゃんと考えなさい!」と叱責する。ジュダとたかやなが同一の存在だとすれば、その対極にあるのはその場の空気に安直に流されてしまう「何も考えていない人」なのでしょう。ヒトラーの命令に従ってユダヤ人虐殺を指揮した「凡人」アドルフ・アイヒマンのエピソードがここで語られている意味がよく分かります。

 

いや、その他のエピソードも本当にどれも良かった。生徒役の子たちの演技も皆よかった。どの子も応援したいという気持ちにさせられた。なので、最終回は、ああ、こういう終わり方で良かったなぁと思ったのでした。いち子の決意に満ちた表情で締めたのも良かったね。恭一、がんばれ(何を)