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『大奥』を読み返してみた。

今年は、NHKで『大奥』が、テレビ東京で『きのう何食べた?season2』が、それぞれドラマ化されまして、そのどちらも文句なしの素晴らしい出来だったので、よしながふみ先生ファンとしてはたいへん幸せな年でございました。

ま、『何食べ』のほうは、既にseason1、special、劇場版ときて、そのクオリティに対しては全幅の信頼を寄せていたので、あらかじめ安心して視聴できたんですけどね。

でも、『大奥』のほうは、過去に映画化は何度かしたものの、連続ドラマで家光編の最初から幕末編の最後まで全部描き切るのは初めてなので、どうなるんだろうってドキドキしてたんですよ。ドラマ化が難しそうなキャラクターも何人かいますし、NHKのコンプライアンス的にも大丈夫なんかなと不安になる展開もありますしね。

でも、そこはさすが、信頼と実績のNHKですよ。season1・season2ともに全話リアルタイム視聴しましたけど、こちらの期待を超える完成度でした。脚本もキャスティングも演出もキャストも音楽も衣装も美術も完璧としか言いようがなかったです。

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ドラマの最終回を見終わったら、猛烈に原作を一気に読み返したくなりましてね、通勤電車の中とかで1巻から順に読んでいたんです。全19巻の大長編だけど、まぁ、漫画だからそんなに時間はかかるまいと思ってたんですが、よしなが先生の漫画は1コマ1コマの何気ない台詞や表情に深い意味が込められてたりするもんで、ついついじっくり読み込んじゃったり、伏線を確認したくて前の巻に戻っちゃったり、なかなかサッと読み終わることができません。だって深いんだもん、内容が……。

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『大奥』の連載が始まる前までは、よしなが先生には日常系の短編(あるいは短編連作)を得意とする漫画家さんだというイメージがあったもんで、そのよしなが先生が日本人の誰もが知っている「徳川将軍」の史実に基づく歴史改変SF長編を手がけられるということに対して、少なからず驚きがありました。しかしながら、この『大奥』は、徳川将軍・3代家光から15代慶喜までの200年余りの長い期間を重厚かつ繊細に語り上げ、手塚治虫文化賞マンガ大賞日本SF大賞など数々の賞を総なめにする大河ロマン超大作となったのでした。

この『大奥』は、「若い男ばかりが感染する赤面疱瘡と呼ばれる奇病によって、日本の男子の人口が女子の4分の1に減少してしまったifの世界」という大きなフィクションをベースとしつつも、実際の歴史上に起こった事柄はそのままに描くというもので、登場人物の性別は逆転しているのに史実との矛盾は生じていないのですよ。このプロット自体が凄いですよね。

例えば、子沢山で知られる11代家斉・12代家慶の時代は、将軍が女性のままでは無理があるわけで、そこは史実どおり男将軍でいかねばならない、だとするとその前までに赤面疱瘡を克服しておかねばならない、だとすると蘭学を奨励した8代吉宗の時代に医療編を始めておかなければならない……と、史実を逆算する形で全編を貫く骨組みが組まれているわけですよ。この良く練られたプロットのおかげで、物語が進むにつれて、次第に男女逆転の違和感が気にならなくなり、読後には、もしかしたら、これこそが本当の歴史だったのかもしれない……という気持ちになってしまうのでした。

プロットという点では、8代吉宗の時代から物語が始まるのも秀逸ですよね。名君であり、「暴れん坊将軍」としてお茶の間の人気も高い吉宗を、貧乏旗本の息子で、明朗快活な江戸っ子気性の水野祐之進の視点から描くという1巻の展開は、このifの世界を暗くなり過ぎずに読者に解説するという役割を担っていました。そして、その1巻の終わりに、吉宗が大奥の過去を知ろうとして「没日録」を手に取ることで、2巻からは時代が逆行し、3代家光からの始まりの物語が展開されるという仕組み。家光編は暗く凄惨な展開が続くので、1巻からいきなり家光編だったなら読者にはちょっとしんどかったかも。吉宗を狂言回し的に使うという仕組みは、ドラマでも上手く活用されていましたね。重苦しいドラマの途中に吉宗と村瀬の会話シーンを挿入することで、視聴者にちょっとだけホッとする時間を与えてくれました。

原作の話に戻すとですね、1巻の物語は6代家宣から始まるんですね。そして幼い家継の死を経て、ようやく吉宗が登場する、と。なんとなく1巻は最初っから吉宗が出ていたような気がしていたので、今回あらためて読み返してみて、ちょっと驚きました。

1巻でも、加納久通のしたたかな一面は随所に垣間見えるものの、この1巻の時点では特に気になりません。だけど、8巻まで読み進めて「久通の告白」を読んだところで、そういえばあの時に……とハッと気づいて、また1巻を読み返さずにいられなくなってしまうのです。だからサッと読み終えることができないんだよなぁ……。

物語として奥深いと思うのは、「光があるところに必ず影がある」ということ。この『大奥』では、とりわけ「何かの因果が、その子孫の代に影響を及ぼす」として描かれていることが興味深いです。

例えば、吉宗という絶対的な「光」が眩しければ眩しいほど、その落とす「影」はすぐそばにいる久通に及ぶ。そしてその因果は、吉宗の孫たちである家治・定信・治済の時代において、おぞましいほどの「闇」となって発現する。あるいは、家光の時代においても、清らかなる有功を「光」として崇める玉栄によってある凶行が秘かに行われ、その因果は玉栄の娘である綱吉の政治に「影」を落とすことになる。こういった、長い年月を経て時限爆弾のように仕掛けられた因果応報の罠が、実に面白いと思うのです(もちろん、実際の徳川家の身内の人々にどのようなことがあったのかは存じませんよ?あくまでもifの世界の話として、です)。

それにつけても、やっぱりよしなが先生は群像劇が巧みだと思うのですよ。高校生の他愛ない日常を描いた『フラワー・オブ・ライフ』でも、それぞれのキャラクターが実に活き活きとしていて、誰を主人公にしても物語がちゃんと成立し、普通なら「脇役」として描かれるキャラクターですら、それぞれに心の声があり、さまざまな感情を抱きながらそこにいるのだなという説得力があったのですが、それが『大奥』ではさらにパワーアップされた感じです。それぞれの登場人物がどのような背景を持ってこの大奥にやってきたのかが、語られるべきタイミングでちゃんと語られるのですね。

「医療編」のあたりは、とりわけその群像劇としてのドラマが強く打ち出されたところで、田沼意次や平賀源内、青沼や黒木、伊兵衛などの各キャラクターが、理想と現実の合間でもがき苦しみつつも、懸命にこの難病を克服せんと戦う姿が魅力的でした。ワクチン開発を巡るプロジェクトX的な内容であり、さらには昨今のコロナ禍を先読みしたかのようなストーリーであったことから、多くの人々の共感を呼んだのではないでしょうか。10巻ラストの黒木が慟哭する姿には、何度読んでも目の奥がギュッと痛くなります。珠玉の名シーンであると思います。

 

それから、これは多くの人が言及しているポイントなんだけれども「男女逆転」だからといって、決して安っぽいフェミもどき論にはなっていないのが、やっぱりよしなが先生の素晴らしいところ。男の数が少なくなったからといって男女の役割がまるっきり正反対になったわけじゃなくて、むしろ女は仕事も家事も育児も、全ての責任を背負うことになり、男は何もしないで宝のように守られ、ただ子種の提供だけすればよいという社会になりました、と描いておいて、じゃあ生き残った男はハッピーなのかと言えば、そうではない。人としての尊厳、自由を奪われた苦しみがあるのだということが、左京(月光院)や瀧山の口から語られます。

また、昨今問題になっている「毒親」にもあちこちで触れていて、親からの性的虐待を受ける左京や家定、治済に支配される家斉、家光を溺愛する春日局に翻弄される千恵、といった具合に、歪んだ親子関係が物語を大きく動かしていくことになります。

恋愛に関しても、男女の愛もあれば同性愛もあり、相思相愛の幸せなカップルもいれば、その恋慕の強さゆえに相手を害してしまう人々の姿をも描きます。しかしながら最終的には、性別・性愛を超えた人間同士の強い親愛の情を、家茂と和宮カップルを通じて描いていきます。これは『何食べ』にも通じるんだけれども、血の繋がりがなくても家族にはなれる、想い合う気持ちがあれば立場さえも超えて人は繋がり合える、というメッセージなのでしょうね。

 

ドラマの話に戻ると、いやー、ホントにキャスティングが神ってましたね!全員が全員、漫画の中からそのまんま飛び出してきたかのようで、よくもまぁ!NHKが本気を出せばこれほどのキャスティングが可能なのか!と感心しちゃいました!

なんつっても、第1話で馬に乗って駆けてくる富永吉宗公の麗しいことといったら!もうあの一瞬で「これはものすごいドラマになるぞ!」とワクワクしちゃいましたね。冨永愛さんはそれほど演技経験があるわけでもないのに、もうそこに立っているだけで吉宗!そんでもってその隣にいる貫地谷しほりさんもまた、どう見ても久通でしかないという……!

綱吉役の仲里依紗さんも、最初にキャストが発表された時点では、私には「ギャルの人」という認識しかなかったもんで、将軍としての貫禄はどうだろう、ましてや綱吉の晩年の「老いらくの恋」を演じることができるのだろうかと、ちょっとだけ心配したんですが、ドラマが始まっちゃったらもうまるっきり綱吉そのもので、たいへん失礼いたしました、さすが女優さんはすごいや、と思いました。綱吉編では、ドラマオリジナルの台詞「そうか!これは辱めであったか!」という台詞の凄みが印象的でしたねぇ。

『大奥』全編を通じて最も難しい役どころは、言語障害と排尿障害を持ち、ひがみっぽくて酒乱で淫乱であるという設定の家重で、これどうするんだろうなぁ、吉宗の人生にも大きく関わる存在だから家綱のように話を飛ばすというわけにもいかないし、だけどこの役が演れる女優さんだなんて、若い頃の樹木希林さんを天国から連れてこない限り無理じゃないの、と思ってましたよ。でもキャストの発表に「家重役:三浦透子」とあったのを見て、そうだったーーーー!!!三浦透子がおったーーーー!!!と五体投地しちゃいましたよ。まさに神キャスト。もう原作の家重がそのまま立体化して喋ってるんじゃないかってぐらい。三浦さんもこんな難しい役をよく引き受けましたね。すごいや。

この調子で全員を褒めちぎっていたらキリがないんだけど、やっぱ「悪役」を演じたキャストたちの素晴らしさにも言及せざるを得ませんね。斉藤由貴さんの春日局は凄まじかったし、高嶋政伸さんの家慶はもう出た瞬間に気持ち悪ッ!ってなったし、大東駿介さんの慶喜はホントにこのクソ野郎って感じで良かったです(笑)

そんな中でも、視聴者が最も驚いたのは、やっぱり仲間由紀恵さんの治済じゃないでしょうか。原作では治済は不美人として描かれているので、仲間さんの美貌はちょっとイメージが違うんじゃないかと思ったし、あんまり仲間さんに悪役の印象がなかったからどうなんだろうと思っていましたが、いやいやいやいやいやいやすごく怖かった。毒を飲んで悶え苦しむ武女を見ているときのあのキラッキラした瞳の恐ろしさといったら、まさにサイコパス!美人だけによりいっそうサイコパスみが強くて怖ッッ!黙って微笑んでるだけでヒィッってなる感じ、すごかったです、驚きました。

でもね、そんな神キャスティングの中でもひときわ神ってた、もうこれ、よしなが先生、当て描きなんですよね?と思うぐらいに原作そっくりだったのが、山村紅葉さんの土御門。次回予告で一瞬チラッと映っただけで、ああーーー土御門!!!って思いましたもん。そんでもって、原作を読み返したら、もう土御門の台詞が全部紅葉さんの声で聞こえてくるっていうね……(笑)