つれづれぶらぶら

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神長官守矢史料館を訪ねる

小さい頃から、日本神話が好きだった。

両親が出雲地方の出身だったこともあって、とりわけ出雲神話――八岐大蛇とか国譲りあたりの話に心惹かれた。島根から広島にかけては「神楽」が盛んな地域だから、その影響もあるだろう。激しくグルグルと回りながら荒れ狂うように踊る大蛇の姿は、あのあたりのお祭りには欠かせないもののひとつだ。

高校生になって、民俗学文化人類学といった学問に興味を持つようになると、日本神話や伝承、昔話などの裏側、すなわち「日本人の考え方」の土台はどのようなものだろうか、ということに強い関心を抱くようになった。

学校の図書室だけでは飽き足らず、週末になると広島市の中央図書館や県立図書館に入り浸るようになり、分類番号17や38の書架を片っ端から読み散らかしたりもした。ま、とは言っても、それは単なる女学生の好奇心の域を出ないものであって、本格的に研究しようとか、調べた結果をまとめようとかいうことはなく、好奇心が満ち足りれば「ハーッ面白かった(*´ω`*)」で終わらせちゃうあたりがアタシのダメなとこなんだけどね。

ともあれ、そんなふうにどっぷりと日本の神話伝説に浸っていた頃、「出雲」のほかに、私の心を強く捉えた地域が「諏訪」であった。

古事記の国譲りの段に、突然現れる謎の神・タケミナカタ。それまでのオオナムヂ(大国主)の系譜の中に全く登場しないその神は、この最重要局面においていきなり大国主神の息子として登場し、出雲王朝の命運を賭けて、アマテラス率いる大和王朝の使徒タケミカヅチと戦うのであった。そして敗れたタケミナカタは遠く信州の諏訪に逃れ、「今後はこの地から一切出ない」と誓って、諏訪明神となるのである。

 

――謎。

  

もうひとりの息子として登場するコトシロヌシは、分かる。ちゃんと大国主の系譜の中にしっかり記されているし、島根県の美保関には有名な青柴垣神事があり、その神主は鶏も卵も食べてはいけないということもよく知られている。

でも、出雲でタケミナカタの名を聞くことはない(いや、私が知らんだけかもしれんけど)。でも、タケミナカタといえば広く諏訪の神様として認知されているだろう。

 

――さて、タケミナカタが諏訪に逃げてきた時、諏訪の地で何が起きたか。

 

ここに、もうひとつの謎が控えているのである。

諏訪の地には、もともと信仰されていた土着の神がいたのだ。名を「洩矢(モレヤ)神」という。洩矢神タケミナカタを迎えうつも敗れ、タケミナカタ諏訪明神として祀る。大和→出雲→諏訪と、国譲り神話が二重構造になっているのである。

そしてこの2つの国譲り神話は、どちらも奇妙な決着を遂げている。

オオクニヌシはあっさりと出雲を大和王朝に譲る。ただし、その見返りとして、アマテラスの御子(つまり天皇)の宮殿と同格の立派な神殿を建造するよう要求している。これが現在の出雲大社の原型であると言われる(古代は100m近い超高層建築であったと伝えられている)。つまり、国(=政治:マツリゴト)は譲るけれども、民の信仰(=宗教:マツリ)は譲らぬ、と言っているようなものである。

一方、諏訪では、洩矢神を祖先とする「守矢(モリヤ)氏」が「神長官(ジンチョウカン)」として、諏訪明神の現人神である「大祝(オオホウリ)」をサポートし、祭祀を司るという複雑な祭政体を構築することとなる。マツリゴトは譲るけれどもマツリゴトそのものは洩矢にある。この奇妙な融合。不思議なパワー・バランス。

 

【2/4追記】

上の記述、読み返してみて「あ、逆かな」と思ったので書き換え。というのも、当初の「大祝」は10歳にも満たない純粋無垢な男児に神を憑かせて「現人神」としたそうな。つまり、大祝は諏訪明神そのものとして祀られ、守矢大臣が実務的な実権を掌握していたわけだね。ただし、この祭政体は時代の変遷とともに変化していくようだ。そこはまだ勉強中……。

 

いや、そもそもそれこそが極めて日本的であるとも言える。

これが一神教の国々ならば、他の国々を攻め滅ぼすに当たって、「ウチの神こそが唯一の神」として、異なる信仰の対象に「悪魔」のレッテルを貼り、徹底的に排除するだろう。

ところが、日本人はこういうことをあまり好まないようだ。「ウチの神さんとアンタとこの神さんはホンマはおんなじモンなんや」として、イメージを無理やり重ね合わせる。気性が少々違うぐらいは「荒魂」と「和魂」ということにしてしまお。インドの神さん?ええよ、一緒になりまひょ。まりあさんもホンマは観音さんなんやないかなぁ。

こんな感じで、日本人はひとつのモノの上にどんどんイメージを積み重ねていく。金平糖が芥子粒を中心にしてどんどん大きく育つように。終いにはその真ん中に本当は何があったのかすら分からなくしてしまう。ぜんぶぜんぶ同じモノってことにしてしまえばもう喧嘩は起こらないよね。これが日本人の平和観。チャンプルー美味しいね。

 

ちょっと長くなったのでそろそろ本題に入る。

こないだ諏訪大社上社前宮に立ち寄ったことをお話ししたが、その翌日、前宮にほど近い茅野市高部にある「神長官守矢史料館」に行ってみたのである。 

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こちらがその神長官守矢史料館の入口。外から見ると普通の民家に入っていくような感じで、ちょっと緊張する。なお、守矢氏は今もなお諏訪大社の祭祀において重要な役割を持ち、現在は守矢早苗さんが第78代神長官を務めていらっしゃる。

門を入ってみると、奇妙な形の建物に遭遇する。これが史料館である。

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小さな建物だ。入館料は大人100円、高校生70円、小中学生は50円(諏訪6市町村の小中学生は図書館利用カードを提示すれば無料)。安い。

内部は大きく分けて2つの部屋しかない。奥の部屋には古文書が多数展示されていて、昔の諏訪大社の祭礼に関わるものや、武田家、真田家などに関する書状もある。

ここの史料館で最も目を引くのは、入ってすぐの大きな部屋にある「御頭祭(酉の祭)」の復元展示だろう。御頭祭は御柱祭と並ぶ重要な祭礼である。鹿の首、猪、雉、兎などが供えられている。もちろんここに展示されているのは全て剥製だが。

また、守矢家に伝わる「鉄鐸(さなぎのすず)」という非常に貴重な祭具も展示されているが、この話は長くなりそうなのでまた今度にしよう。

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現代の感性から見れば、こういった生き物を殺して神に捧げる行為は残酷だと受け取られてしまうかもしれない。しかし、学芸員さんの解説によると、これは「五穀豊穣」を願う祭なのだという。五穀豊穣というと稲や麦のイメージがあるが、なぜ諏訪では獣や鳥を供えるのか。狩猟のイメージ。諏訪を取り囲む山々。その山々を構築するのは、樹木・石・獣たち。すなわち大自然

はるか縄文の昔、八ヶ岳山麓は今よりももっと気候が穏やかで住みやすく、木の実や獣が豊富にあって、大勢の人々が暮らす豊かな地であったと、尖石縄文考古館で聞いたことがある。豊かな山々の恵み、それこそが諏訪の民の原初の信仰の対象――守矢氏がずっと守り続けてきたものだったではないか。

その「守り続けてきたもの」が、史料館のすぐ裏手の祠に祀られている。「御頭御社宮司(おんとうみしゃぐじ)総社」。とても小さな祠だが、これが諏訪を中心に関東から近畿まで広がる「ミシャグジ信仰」の総社であるという。そして洩矢神とはこのミシャグジさまのことである、とも言われる。しかしながらそのミシャグジとはいったい何なのか、という疑問に対しては、多くの研究家が挑んでいるにもかかわらず、未だに謎の存在であるとされている。何かの霊的な存在――荒ぶるもの、祟るもの、豊かなもの、大いなるもの。この話もまたいずれ書いてみよう。今井野菊さんの研究とかね、すごく面白いものがあるの、これは話し出すと止まらなくなっちゃうからね。

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さて、神長官守矢史料館を訪ねる人々は、大きく分けて2種類の目的を持っていると学芸員さんは言う。ひとつは、歴史に興味のある人。そしてもうひとつは、建築家の藤森照信先生のファン。

「建築探偵」の異名を持つ藤森先生は、この茅野市高部のご出身であり、先ほど紹介した風変わりな史料館の建物は、藤森先生のデビュー作に当たるものだという。

さらに、この史料館を抜けて裏の畑のほうへずんずん歩いて行くと、藤森先生の私有地がある。そこに、これまた風変わりな建物が並んで立っている。

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アメリカのタイム誌において「世界で最も危険な建物TOP10」に選ばれた「高過庵(たかすぎあん)」と、

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どうやって中に入ればいいのか分からない「低過庵(ひくすぎあん)」。ちなみに低過庵は、屋根がぶいーんとスライドして入れるようになっているそうな。

そして、まるでジブリ映画にでも出てきそうな「空飛ぶ泥舟」。こちらはハシゴをかけて上るそうな。

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どの茶室も、実際に入れるらしく、現在はコロナ禍のために休止しているけれども、定期的に茶室巡りツアーが催されているらしいよ。ちょっと怖いけど(;^ω^)

 

そして、私はというと、久しぶりにまた「諏訪」への関心がむくむくと膨れ上がっているのであった。断層も気になるし、ミシャグジも気になるし、あちこちの祠も気になるのだった。せっかく諏訪に嫁いできたのだから、時間はたっぷりあるし、色々調べていきたいなーーーー!!!