つれづれぶらぶら

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『なんで洞窟に壁画を描いたの?』

諏訪市図書館の新刊コーナーにこんな本が陳列してあったので、そのタイトルに惹かれて手に取ってみた。 

なんで洞窟に壁画を描いたの?―美術のはじまりを探る旅 (13歳からの考古学)
 

パラパラとめくってみると、中学1年生の「理乃ちゃん」という女の子が、元歴史教師の「キシローじいちゃん」と一緒に、なぜ旧石器時代の人類が洞窟に壁画を描いたのかの謎を解くために、フランスにまで出掛けていく物語仕立ての図書だった。「13歳からの考古学」というサブタイトルのとおり、ヤングアダルト世代を対象とした図書ではあったものの、非常に興味深い内容だったので迷わず借りてきた。

平易な文章で書かれているので、スルスルッと読めるけれども、内容自体は最新の考古学研究におけるさまざまな学説が含まれているので難解ではある。でも、読者が「?」となりそうな部分に差し掛かると、ちゃんと理乃ちゃんが「どうしてだろう?」と立ち止まってくれ、キシローじいちゃんやタバタさん(じいちゃんの元教え子で、洞窟壁画の研究家)などが分かりやすい解説を加えてくれたり、新たな発想に導くための示唆をくれる。

 

この物語は上野の国立科学博物館(科博)で2016年に開催された「ラスコー展」を理乃ちゃんがおじいちゃんと弟と一緒に観に行き、その迫力に圧倒されるところから始まる。フランスのラスコー洞窟を忠実に再現したその展示物には、ウシやウマ、バイソンやサイなどの動物が生き生きと描かれ、誰が何のためにこんな洞窟の奥に絵を描いたのかという謎に理乃ちゃんはすっかり惹きこまれてしまうのだった。

 

そのラスコー展の詳細については、こちらの解説記事↓が分かりやすい。

natgeo.nikkeibp.co.jp

あー、ホントに面白そうな展示だなぁ。観に行きゃ良かった、と思ってもあとの祭りである。また数年後にどこかで開催されたら観に行きたいなぁ。

 

そして、理乃ちゃんとキシローじいちゃんは、春休みに、タバタさんの調査に同行してフランスへ旅行する。3人はフランスの壁画のある数々の洞窟――ラスコー4、フォン=ドゥ=ゴーム洞窟、ルフィニャック洞窟を巡り、またフランス国立先史博物館、クロ=マニョン岩陰、パリの人類博物館、ルーヴル美術館などを訪ね歩いて、膨大な知識を得ていく。

それぞれの洞窟壁画を比較して観ていくうちに、洞窟ごとに描かれた動物が異なることや、四角形や五角形の記号のようなものが描かれていることなど、興味深い事柄に気づく。それらには何の意味があったのか。この絵は「美術」なのか、それとも「言語」なのか。理乃ちゃんは心に浮かぶ疑問をメモに書き続ける。

その疑問は日本に戻ってからも増え続け、ついに理乃ちゃんは「人間って何?」という根源的な疑問に向かい合うことになる。人間と他の動物の決定的な違いって何?

――この疑問はとても興味深く読んだ。人間以外の動物は「信仰」を持つか?ということについて私もここ数日ずっと考えていたのだ。

チンパンジーも「絵」を描く。しかしそれは本当に「絵」なのか、それとも単に絵の具を塗りたくっただけのものなのか?

アウストラロピテクスの化石の近くで、人間の顔そっくりの形の石が見つかった。この石を拾ったアウストラロピテクスは「〇〇の顔にそっくりの石を拾ったから仲間に見せて楽しませよう」と思ったのだろうか?

そして、理乃ちゃんは最終的に自分なりの仮説を導き出す。

初期人類は「象徴を理解すること」はできたけれども、「象徴を積極的につくり出すこと」はホモ・サピエンスにしかできない、と。それが人間と動物の違いである、と。そしてそれは、人間がグループ内、グループ同士のコミュニケーションを取る必要性から生じたものであると結論づけた。

なるほどなぁー。「象徴」を「大いなるもの、神」に置き換えても成立しそうな気がする。これは頭の隅に置いておこう。

 

なお、この本の後半では、我らが茅野市が誇る2つの国宝「縄文のビーナス」と「仮面の女神」、そしてそれを展示している茅野市尖石縄文考古館も登場するので乞うご期待。

www.city.chino.lg.jp

っていうか、縄文のビーナスの造形の美しさは他に比類するものがないと私は信じている。写真で見るのも良いけれど、あの肉感的な曲線美とキラキラ輝く美しい姿は肉眼で見て頂くとなお一層の感動をもたらすでしょう。コロナ禍が収まって、暖かい季節になったなら、古代のロマンがたくさん眠る茅野市へウェルカム。