つれづれぶらぶら

栗林くん早や6セーブ目。うふふ。

ずいぶん待ったよ、ありがとう。

2016年9月10日、ついに我らが広島東洋カープがね、リーグ優勝を達成したんですよ。

25年ぶりですよ25年。「四半世紀」とか書くとインパクトはさらに大。

「万年5位」と揶揄された激弱カープがね、ようやく真っ赤な花を咲かせましたよ。子供達にとっては初優勝みたいなもんだわ。

 

その瞬間をね、私は茅野の自宅で見てましたん。

NHKさんが地上波で全国放送、しかも胴上げまでしっかり延長して放送してくれたんでね、しっかり見届けることができましたわ。

こいほーこいほー。安いウイスキー西友の炭酸水で即席ハイボールを作って、カープ製氷皿で作った氷を入れて、ひとりで乾杯。

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………あー、東京ドーム行きたかったなー……。

 

セブンチケットに立見席のチケットが残ってた時点で、とりあえず損を覚悟して買っときゃ良かったんよな。

あそこで「いやマツダで決まるかもしれん」とかケチくさく計算したのが運の尽き。次の瞬間にはチケット完売してましたとさ。

でもホント、こんなにドラマチックな結末が待っていると知っていたなら、なぁ。あの瞬間に東京ドームの中にいた全ての人々が羨ましいっす。

 

…待て待て、なんか優勝を祝うブログなのに愚痴っぽいテンションになってんぞ。

 

つーかね、ぶっちゃけると、未だに「実感がない」。

 

色々ね、前々から妄想はしてたんですよ。「きっと優勝した瞬間にはダーッと涙が溢れてしまうんだろうなぁ」とか。そういう妄想してると目がウルウルしちゃったりしてね。

でも、実際に優勝した瞬間には「ああ、勝った」という、いつもの勝ちとあまり変わらないぐらいのテンションの喜び方だったという。

ベランダへの窓をガラッと開けて静かな茅野の夜空に向けて雄たけびを上げる…ということもなく、旦那と「おめでとー」と言い合うぐらいで。

 

だから、なんつーかね、まだイマイチ「うおおおおお」な感じではない。

だからこそ、あの日の東京ドームとか、広島市街地にいたかったな、と。

いやー、あの晩の広島市内は凄かったんですと。

市街地のあちこちで樽酒が割られて配られ、本通り商店街では大勢のカープユニを来た人々が行列しながらハイタッチして歩き、警察官までもがハイタッチしてたんですと。

それらの熱狂の渦の中にいたら、うおおおおおって気分に浸れたんかもしれんけどのー…(´・ω・`)

 

でもまぁ、だからってカープが優勝した事実は嬉しいし、これから長い時間をかけて身体じゅうにじわじわと喜びがしみ込んでいくのでしょう。

ってゆーかね、実際、マジックナンバーの減りが異常に速すぎて、こんなにガンガン減りまくったら優勝するに決まってんじゃん、って感じだったんですよ。

そういう意味では、マジックナンバー20が点灯した8月24日の東京ドームの試合のほうが興奮度は高かったかもしれん。

ほら、あの、福井優也が足に打球を浴びても降板せずに投げ抜いて、自ら同点タイムリーを打ったあの感動的な試合ですよ。

 

まぁ、それも含めて、今年はジャイアンツ戦でドラマチックな展開が多かったっすね。

忘れもしない今季ベストゲームの8月7日、マツダスタジアム

2位ジャイアンツに4.5ゲーム差まで詰め寄られて絶体絶命のカープ

その日も敗色濃厚の試合展開で9回裏2アウトまで追い込まれて、ああもう終わりじゃ、と覚悟しかけた瞬間にキクが同点ホームラン打って、その後に新井さんが逆転サヨナラタイムリーを打ったのには痺れましたねぇ……(ノД`)・゜・。

 

しかし、やっぱり優勝後の風景は感動的でしたね。

やっぱり印象的だったのが、黒田の涙ですよ。新井に抱きついて号泣する黒田、その黒田をしっかりと抱きしめながら涙をこぼす新井さん。それを取り囲む笑顔の緒方監督とコーチ、チームメイト。

あの黒田と新井の姿は、胸にグッと迫るもんがありましたね。

 

あと、優勝の瞬間はたくさんの方から「おめでとう」メールを頂いて、とっても嬉しかったっす。

ラギさんや、我が職場の野球女子仲間のYさんや、新人カープ女子のTちゃん、広島の友人のMさんにYさん。

兄貴からは「これから広島の民放3局で朝までカープ特番なんじゃ!今夜は寝られんぞ!」と興奮した様子のメールが。

広島の父親には電話を入れて、タイガースファンだけどまぁいいよね、と思いながら「おめでとう」と言いました。もちろん広島の人間だから素直に喜んでたよ、父も。

 

広島のMさんからは、翌日の中国新聞やら優勝記念タブロイド紙やら、優勝の翌日に市内で配られたノベルティグッズやら、風月堂のゴーフレットの優勝記念缶とかを送ってくれました。いつもありがとう!!!

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…きっと、このブログは長くなると思う。

 

なので、カープにそんなに興味がないわ、って方はこのへんで閉じて頂ければと思います、と、あらかじめアナウンスしておこうっと。

  

てゆーのがね、繰り返しになるけど、ホントにまだ自分の中がふわふわしてるんですよねー。

思考がまとまってない。そう。それだ。

なので、こうやって頭の中をひとつずつテキストに落としこんでいく作業の中で何かが落ち着いてくるのではないかと、そう考えておる次第なのでありマスヨ。

だからとにかくダラダラ書く。考えないで書く。

誰かに付き合って頂こうという気持ちもなく、まぁ運良くイイ文章が生まれたなら『カープ女子養成講座』に転記しようかなという邪心も1%程度ありながら、の作業でありマス。

 

さて、さっきの「黒田の涙」なんだけどね。

あの感動的なシーンを思い出しながら、ふと、「あれ、もしかしたら黒田は…?」と思うことがあったんですよ。

まぁ、それを語る前に、ざっくりと黒田博樹のこれまでを、氏の著書『決めて断つ』を参考にして振り返ってみる。

 

高校野球の名門、大阪の上宮高校の野球部でひたすら過酷な練習に打ち込む。4日間、朝から晩まで飲まず食わずでずっと走らされたり。それでも立場は「補欠」だった。

大学でも特に注目を集めることのない選手だった。そんな自分を、毎日、雨の日も風の日もグラウンドの隅でじっと見つめているカープの苑田スカウトの姿に感銘を受けた。

苑田スカウトの熱意に打たれた黒田は、逆指名制度でカープを指名し入団。

ようやく夢のプロ野球選手への道を歩み出したものの、すぐにプロの世界は甘くないという現実に打ちのめされる。

不甲斐ない成績に腐りかけていた黒田を、それでも「エース」として育成してくれようとするカープ。その意気を感じて、ひたすら努力を重ねる。

その甲斐あって、押しも押されぬカープのエースに成長した黒田だったが、カープは万年5位に低迷し、巨人や阪神といった「中央球界」からは低く見られる悔しさを味わう。

「日本より上のレベルの野球」を求めてメジャー移籍を考えるも、市民球場に集まったカープファンの熱意に心を動かされ、その年はカープ残留。

1年後、メジャーに移籍。ロサンゼルス・ドジャースから4年契約という好条件を提示されるも、あえて自ら1年削っての不利な3年契約を申し出たことで、アメリカ球界を驚かせる。(まだメジャーで1球も投げていない人間にそんなに高額の報酬を支払うのはおかしい、という自論のため。)

意気揚々とメジャーに乗り込んだ黒田だったが、これまでに築き上げた自分のノウハウが通用しないことに愕然とし、覚悟を持ってそれまでの自分を捨てる。

その結果、ドジャースで4年間ローテーション投手の位置を守り抜き、チームメイトから「まだ一緒にやりたい」という言葉をかけられ胸を熱くするも、新天地へ旅立つ決心をする。

いったんはカープへ帰る決意を決めるも、迷い抜いた挙句、最終的にはメジャー最高の名門球団、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍。

そこでも高い実績を上げ、メジャーでの地位を不動にしたと思われたが、20億以上もの高額オファーを蹴ってまでカープファンが待つ広島に帰ってくる。

高いモチベーションで臨んだ復帰1年目だったが、カープはまさかのBクラスに転落。黒田も一時は引退を考えたが、再び踏み止まって現役続行を決意する。

復帰2年目となる今年は、自ら積極的に若手選手に歩み寄り、自らの持つノウハウを惜しみなく伝授する。

そして2016年9月10日、ずっと対抗意識を燃やしていたジャイアンツに対し、敵地である東京ドームにおいて、自ら先発投手として戦い抜き、打ち負かし、悲願のカープでの優勝を勝ち取る。

優勝直後のグラウンドで、暗黒時代から苦楽を共にした盟友、新井と抱き合い、歓喜の涙を流す――

 

…うん、ホントによく出来たドラマだと思う。

 

ネット上で誰かが「この物語を週刊少年ジャンプあたりに持ち込んだら、編集さんに『ご都合主義すぎてボツ』って鼻で笑われるレベルだよな」と言っていたけど、ホントにホントに、強くそう思う。

「友情!努力!勝利!」ってジャンプのキャッチフレーズそのものだもん。そんなに上手く行くもんかって言いたくもなる。そらそうよ。

 

でも、これ、実話なのよね。

 

…で、私が何を感じたかというとですね、ええ妄想ですよ、ファンの一方的な思い込みですよ。あのね。

 

「黒田がメジャーに移籍した本当の理由は、カープを『世界最高のチーム』にしたかったから、なのかなぁ…?」

 

ちょっと分かりにくいか。もうちょっと噛み砕こう。

 

黒田の性格を一言で言うと、ものすごーーーーくコンプレックスが強くて「究極のネガティブくん」。

野球が楽しいなんて思ったことはなく、マウンドに上がるのはいつだって恐怖でしかないと言う。常に「これが最後の試合になるかもしれない」と思いながら試合に臨む。

ミスをした日には「誰か俺をボコボコに殴ってくれ」と願いながら歩いて家路につく。

不甲斐ない成績を挙げた時期に書かれた、『もうエースではない』という辛辣な見出しの中国新聞のコラムを切り抜いてロッカーに貼る。

 そして、中央球界への強烈な対抗意識。オリンピック代表に選ばれた栄誉とともに感じたのは、それでも自分は「先発投手」としては選んでもらえない、というコンプレックス。

著書では「(先発投手に選ばれた)松坂や上原らに対して、自分の力が及ばないからだ」と語ってはいるけれど、行間に込められているのは「やっぱりカープの扱いってそんなものか」というやりきれない思い。

どんなに頑張ってもお客さんの入らない広島市民球場。胃から汗をかくほどの猛特訓を繰り返しているというのに、やっぱり弱いカープ。テレビで取り上げられる“ヒーロー”はいつだってジャイアンツ。

 

そして、黒田の性格を語る時によく出てくるワードが「サムライ」。

寡黙で謙虚、そして帰属する集団への強烈な忠誠心。それはまさに戦国時代の武士そのものであると。

誰かの思いが黒田の心を打つと、黒田は必ずそれに応えようとする。自分を捨ててまでその恩義に報いねばとする。その行動の最たるものが「メジャーの高額オファーを蹴ってカープに復帰」だったわけですが。

補欠選手だった自分を評価してくれた、我慢してエースに育ててくれた、ファンが温かい声をかけてくれた、そういうことの積み重ねが黒田のカープ愛を育てた。

 

…で、こっから先が私の勝手な妄想。

 

なぜ07年にメジャーに旅立ったのか。そして12年、一度はカープに戻ると決めたのに最終的にヤンキースに移籍したのか。

 

そらもちろん、自分自身の能力を試したいからでしょう。メジャーは野球少年の憧れだもん。高いレベルの野球の中でもっと向上したいからでしょう。もちろん報酬も日本とは比較にならないほど良いからでしょう。

 

…それはもちろんあると思う。いや、黒田本人もそう思っていると思う。

 

でも、やっぱりそれだけじゃないと思うんだよなぁ。

 

黒田がドジャースに移籍した時の第一声は「広島東洋カープから来ました、黒田博樹です」だった。

アメリカ球界からすれば「格下の」日本球界のことなんか正直どーでもいいわけで、まだヨミウリとかハンシンとかは聞いたことあるけど、カープ?ハァ?って感じだったと思う。

いや、その反応を意識してたからこそ、あえて「広島東洋カープから来ました」とわざわざ言ったんだと思う。

 

黒田の強い強いコンプレックスの底で、きっと「今に見てろよ。俺がカープの真価を見せてやる」という反発力があったんじゃないのかな。

日本ではどんなに頑張ったってジャイアンツが主人公でカープは脇役。でもメジャーから見たら日本球界そのものが脇役。

だったら、カープの看板を背負った俺自身がメジャーの頂点に立ってやると。この野球界のヒエラルキーの底辺にいるカープを、頂点に押し上げてやるんだ、と。

そう考えると、なんでドジャースを出た時にすぐにカープに戻らなかったのかが分かるような気がするんよね。

ヤンキースといえばそのヒエラルキーの一番てっぺんにいるチームだもの。そこがオファーを出してきたんだもの。

多分、いったんはカープに帰ろうと決めたのは、本当にその頂点でやっていけるかどうかの自信がなかったんだと思う。

ダメだった時に、自分の名前が傷つくのはまぁ「悔しい」で済むんだけど、自分が心から愛するカープの名に傷をつけるのは我慢できなかったんじゃないのかな。

でも、もし本当に、自分の力がそこで通用するのならば、愛するカープに光り輝く「ヤンキース」の看板を連れて帰ることができるのならば――!

 

…そして、黒田はそのとおりにした。

ヤンキースの看板を背負った黒田がカープに帰還したことで、日本のマスコミの目は全てカープに向いた。もはやカープは脇役ではなく、大勢のファンを味方につけた日本球界の主役になった。

 

 

…………がッ、そこで盛大に蹴ッつまずいた(´゚д゚`)

 

何が悪かったのかは私にもよぉ分からん。結果から言えば、昨年のカープは全員がテンパって、緒方も黒田もマエケンも新井もキクマルも、みーんな緊張のあまりぎくしゃくして、まるで新入生のお遊戯会のようなありさまになってしまった。

 

それで心底ガッカリして、なんかもうどーでもいいや…みたいな気分になったんだと思う、一度は。

でもやっぱり諦めきれなくて、誰か、誰か俺に「君の選択は間違っていなかったよ」と言ってほしくて、満身創痍の身体にもう一度ムチを入れ直して、そして臨んだこのシーズン。

 

黒田さん、ほら、あなたの選択は間違っていませんでしたよ。

チームメイトが全員笑っていますよ。ともに悩んだ新井が手を広げてあなたを待っていますよ。

ほら、その腕の中に飛び込んでください。この世界の全てが、あなたに「大正解」と言っていますよ。

 

その天使の囁きが、きっとあの涙を導いたんじゃないかと、私はそう勝手に信じている、の、です。

 

 

 

 

………ほーら見ろ。やっぱり考えをまとめずに書き散らかしてたら、こんなことになっちまうじゃねぇか(; ・`д・´)

ここまで我慢して、こんなクッソ長いだけのまとまりのない文章にお付き合いして頂いている方がいたのなら、大変申し訳ない。ひれ伏したい。

 

で、こんだけクソ長い文章をダラダラ書いておきながら、一言でまとめると「まぁ今回の優勝の主役はやっぱ黒田さんっしょ」ってこってすよ。身も蓋もねぇなオイ。

いや、もちろん全ての選手、あるいは監督やコーチ、首脳陣、スタッフ、ファンの一人一人にそれぞれ物語があって、誰が主役って言う話じゃないってのは当たり前なんだけどね。

でもこの物語を週刊少年ジャンプに持ち込むとするなら、じゃあ誰を主役にしますか、ってぇ話ですよ。

 

いやいやいや、新井さんを忘れちゃいけないよ、って声もかかるでしょうよ。

黒田と新井の物語は対になっていて、まるで光と影のように、この2つのドラマが組み合わさっているからこそ面白いんでしょうが、あーた、という意見ももちろん分かる。

うん、でもさ。

新井さんの物語の終点は、もうちょっとだけ先にありそうな気がすんのよ。

今回の優勝が「東京ドームのジャイアンツ戦、黒田先発」で決まった時点で、ああこれは黒田さんの物語だ、と思ったの。

これが新井さんの物語だったならば、その相手はタイガースでなければならないし、新井さんが兄と仰ぐ金本監督とのドラマが描かれていなければいけないでしょ。

でも、ほら、なんだ、今年の金本タイガースは、なんつーか、その、アレだったし……(もごもご)

じゃけん、新井さんには現役を続行して頂いてね、金本タイガースにも頑張って頂いてね、来季はカープVSタイガースのドラマチックな物語を期待したいわけですよ。

もちろんそこには赤松選手もいて、新井良太も「打倒!兄ちゃん!」って感じでハッスルしててね、ベンチではかつてカープで苦楽をともにした緒方と金本が睨み合うという構図、これを見たいわけですよーん。

もちろん新井さんの物語だからちょっぴり笑いもあったりしてね、そういうシーズンを期待したいですね、って、おいまだ今シーズンすら終わってないのに何で来シーズンの話してんだ。

 

 

…うーん。考えをまとめたかったのに、結局まとまらない。

まぁいいや、この続きはクライマックスシリーズ、そして日本シリーズに持ち越すとしよう。

ってか日本シリーズ、絶対出るよね?こんなに期待させておいてCSですっ転ぶってぶざまな真似は……しないと言い切れないのが我らのカープなわけで、この先も胃をキリキリさせながら見守る羽目になりそうです。

日本シリーズとか現地観戦したいなー。無理かなー。チケット争奪戦が凄まじいことになりそう。うーん。見れたらいいなー。あー。やっぱ広島に帰りてー(ノД`)・゜・。