つれづれぶらぶら

旅行記まとめ中。情報量が多いけん思い出すんが大変じゃわ。

『桃太郎は嫁探しに行ったのか?』

久々にすっごい本を読んだ。

図書館に行き、いつものように児童向け~ヤングアダルトの棚をあれこれ物色して歩いていた。前にも何度か言ったことがあるが、私は子ども向けに書かれた解説本や論文を読むのが大好きだ。実はオトナもよく理解していないこと・考えたこともなかったような事柄などを、平易で正しい言葉、図や漫画などを用いて、その初歩の初歩、そもそもの部分にまで踏み込んで解説してくれる。

若い頃、営業であちこちの企業を回っていたときは、相手先の会社がいったい何をやっているのか全く分からず、どうやら建設関係っぽいけど、相手先のホームページを見ても専門用語が多すぎて何が何だか……という感じで途方に暮れていたとき、こそっと図書館に行って学研の「ひみつシリーズ」などを読んでいた。あれは本当にいいぞ。とりあえず知ったかぶりできるレベルの知識は身に着けることができるぞ。

sister-akiho.hatenablog.com

前置きが長くなってしまった。

そんなわけで、富士見町図書館のヤングアダルトの棚を眺めていたところ、この『桃太郎は嫁探しに行ったのか?』という本が目に飛び込んできたのだった。著者は「倉持よつば」さんとある。

表紙をめくると、そこにあどけない顔の女子中学生の写真が掲載されていた。彼女が手にしているのは額装された賞状、そこには「第25回 図書館を使った調べる学習コンクール」中学生の部 文部科学大臣賞、と!

そう、この本の著者は、中学2年生の女の子。しかもその経歴を見てさらに驚いたことに、なんと、倉持よつばさんは小学5年生のときに「桃太郎は盗人なのか?~『桃太郎』から考える鬼の正体~」というテーマで調べ学習をし、同コンクールの第22回小学生高学年の部で文部科学大臣賞を受賞し、本作はその続編となる調べ学習なのだそう。

しかも今回は、コロナ禍での制約をまともに食らい、調査にも思うように行けず、さらには頼みの綱の図書館も閉館してしまうという窮状に陥った中で、小学6年生から中学2年生までの約2年間を費やしてようやく完成したという力作なのだ。

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いやはや、「はじめに」の時点で溜息しか出ないぐらいに驚いてしまったが、驚くのはまだ早い。この本を読み進めるにつれて、私はもう本当に、溜息すら出ないほどに圧倒されてしまったのだ。

この論文のテーマは、言わずもがな『桃太郎』だ。あの昔話の、お腰につけたきびだんごでお馴染みの桃太郎だ。イヌ・サル・キジを連れた、鉢巻き姿の凛々しい少年が、鬼ヶ島に鬼退治に行って分捕り物をエンヤラヤするアレだ。誰しもが一度や二度は聞いたことがある日本昔話を代表するお話だ。

よつばさんは、小学5年生のとき、桃太郎と鬼について調べようと思い立ち、約200冊(!)の本を読んだという。そして、正義のヒーローだと思っていた桃太郎について、全国各地に点在する桃太郎の伝承では、怠け者だったりケチだったりするものがあること、桃太郎は桃から生まれたのではなく桃を食べて若返ったおばあさんから生まれたという話もあることなど、それまでのイメージを覆すようなものが多くあることを知った。それが時代によって少しずつ書き換えられ、戦時中には戦意高揚の目的で読まれていたという悲しい事実も知ったのだった。

さて、よつばさんが一番好きな桃太郎のお話は、福音館書店から出版された松居直さんの絵本『ももたろう』。何度も読み返してきたこの絵本に対し、ふと疑問を感じたことが、今回の「桃太郎は嫁探しに行ったのか?」の発端となっている。

この絵本では、桃太郎が鬼退治をした後で、鬼に「たからものはいらん。おひめさまをかえせ」と言い、宝物ではなくお姫さまを連れ帰って結婚するというストーリーになっている。しかし、よつばさんがこれまでに読んできたたくさんの桃太郎の伝承の中に、お姫さまを連れ帰ったというものはない。いったい、松居直さんはなぜこのような結末にしたのか、そして本当にお姫さまを連れ帰った桃太郎の伝承はないのか。ここから、よつばさんの気の遠くなるほどの調査が始まるのであった。

 

さて、私がなぜこの本に興味を惹かれて手に取ったのかというと、実は私自身も、かつて「民話・昔話」について調べていた時期があり、その中で桃太郎の伝承が全国各地で実にさまざまに違うということを知っていたからなのだった。

とりわけ、よつばさんもこの本の中で「驚いた」と言って紹介しているが、なんと「爺婆を殺してしまう桃太郎」が存在するのだ(徳島県三好郡の伝承)。その桃太郎というのは、とんでもない怠け者でいつも寝てばかりいる。友人に薪拾いに誘われたので山に行ったものの、やっぱり仕事もしないで寝てしまう。夕方になって、薪をちまちま拾うのがめんどくさいと思った桃太郎は、大木を根こそぎ引っこ抜き、肩に担いで持ち帰る。家に着いたものの、その大木を置く場所がないので、無造作に家に立てかけて置いておく。夜中になって、その大木がめりめりっと家を押しつぶし、寝ていた爺さん婆さんは下敷きになって死ぬ。おしまい。……という、めでたしめでたしとは真逆の、実にひどい話であった。よつばさんが分類したところによると、中四国にはこの怠け者タイプの桃太郎が非常に多いようだ。なんでじゃろうのう(遠い目)。

 

なぜ、昔話には色々なヴァージョンが存在するのかという点については、それが本来は「口頭伝承」であるということが主な要因となっている。現代の我々は、きれいに製本された大手出版社の絵本などを読んでいるから、桃太郎にせよ浦島太郎にせよ画一的なストーリーとして認識しているが、本来の昔話は、その地域の物知りの老人が、囲炉裏端で子どもたちに語ってきかせるタイプのものであったのだ。したがって、同じ「桃太郎」というタイトルで話し始めたとしても、語り手の考えや思い込みによるフィルター、その場のノリなどによって即興的に改変されていく。

実は、私自身の祖父も、かつてこうした昔話の語り部であったそうで、以前、父からその録音テープを聞かせてもらったことがある。奥出雲のきついズーズー弁で、地域の子どもたちに語りかけている祖父の声は、幼い頃に祖父を失くした私にとってはたいへん新鮮なものであった。その録音中、祖父は物語の途中、そこにいる子どもたちに「あげだけん、こげなこたぁすーでねーだわぃ。わかったか。」といった感じの教訓を差しはさむことがちょくちょくあった。つまり、子どもたちに何かの教訓を伝える目的でその物語は語られているわけで、おそらくはその物語自体にも、祖父による改変が加えられているだろうと推察されるのである。

 

本の紹介に戻ろう。

中学生の調べ学習のレポートではあるものの、全国の桃太郎の伝承を多角的に分類・比較検討しており、それぞれの調査結果が日本地図の上に色分けで表示されているのは、ビジュアル的にたいへん分かりやすかった。また、桃太郎の物語を構成する主要な5つの観点で分類した結果を一覧表にまとめてあるのが、読み応えがあってたいへん素晴らしく、過去に読んだ専門的な論文にも引けを取らないレベルである。いやホント、この一覧表だけでも手に取る価値はある。絶対に。

そして、これらの分類・比較検討の調査を経た後、よつばさんは、最初の疑問である松居直さんの「ももたろう」ではなぜお姫さまを連れ帰ったのかという問題に取り組む。そして、よつばさんはついに「日本民俗学の父」である柳田國男の論文に取り組むことになるのだった──。

いや、もう、ホントにね、これガチの民俗学研究じゃないかって。私、かつて民俗学に足を突っ込みかけたときに「柳田民俗学かぁ……ちょっと読んでみるか……ぱらぱら(あっ)もういいです」ってすぐに引き返しちゃったんだけど、よつばさんすごい。中学生でこれだけの集中力と執念を持って、ど真ん中から王道の民俗学にがっぷり四つしているその姿にこそ、私は深い敬意を抱く。そしてそれができなかった私に後悔の念を抱く。飽きっぽいんだもんなぁ。めんどくさくなりそうだとすぐにポイしちゃうんだもんなぁ。何かひとつでもちゃんと取り組めてたらなぁ。溜息。

とりあえず、この本によって長野県飯田市に「柳田國男館」という資料館があることを知ったので、いずれ行ってみようと思う。っていうか長野県民だっていうのに、柳田國男飯田市に縁のある人物であることを知らなかったよ。よつばさん教えてくれてありがとうね。

そして、この本にすっかり魅了されてしまった私は、次に図書館に行ったら前作の『桃太郎は盗人なのか?~『桃太郎』から考える鬼の正体~』を借りてこようと考えているところなのであった。いやいやいや、ホントにさ、子ども向けの本はこれだから侮れないんだよ……。