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『ドライブ・マイ・カー』ふたたび

昨年10月にテアトル新宿で『ドライブ・マイ・カー』を鑑賞して、その際にこのブログでも、とても素晴らしい映画であったことを書き残したところだが、その後、時間が経てば経つほどこの映画の内容について思いを巡らすことが増え、これは是非もう一度観なければなるまいと思っていた。

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とはいっても長野県内では上映館が少なくて、なかなか機会がなかったのだが、最近になって、名だたる国際的な映画賞を次々と受賞するに至って、上映館が一気に増加してきた。さらに、先週の8日には、米アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門にノミネートされたという嬉しい知らせもあり、これからますます上映の機会が増えてくるのではないかと期待しているところ。

そんなわけで、今日、イオンシネマ松本へ、二度目の鑑賞に出掛けてきた。蔓延防止等重点措置の状況下とあって、座席は1つ飛ばしで定員数を半分に減らしていたこともあったかと思うが、なんと、ほぼ満席であった。さすがオスカー効果。長野県下で映画館が満席になったの初めて見たぞ(;^_^A

 

二度目の鑑賞は、あらすじや展開が既に頭に入っているぶん、細かい部分に注目できるのが良い。伏線がどんなふうに張られているか、それぞれのシーンの演出意図などをじっくり考えながら観た。

そして、二度目の鑑賞中にずっと驚いていたことは――

「置きに行った球」が一球もなかったこと

3時間もの長丁場だというのに、台詞のひとつひとつに一切の無駄がなく、どんなに短い受け答えであっても、意味のないものがひとつもなかった。一流のピッチャーであってもノーヒットノーランを達成することは滅多に無い。10球放れば1球か2球ぐらいはすっぽ抜けの甘い球が出るもので、それをスラッガーに痛打されてバックスクリーンに放り込まれてしまったりする。ところが、この映画では、3時間もの間、ずーっと内角膝下をえぐってくる厳しいボールが剛速球で飛んでくる感じだった。ごめんね野球で例えてしまって。でも本当にそんな印象だったんだもの。だから、本当に脚本がすごいのよ。だから脚本集が本気で欲しいんだってば。

上手く言えないんだけど、なんか、こう、ええ感じの台詞ってのがあるじゃないですか。「100万人が泣いた感動のヒューマンドラマ」とか銘打たれた映画にありがちのやつ。その場では感動的な台詞に聞こえるけど、心に残らないやつ。後で脚本集を読み返したら、実はたいしたこと言ってないなって思うやつ。

例えば、ネタバレになるけど、終盤、北海道に向かう途中で、家福がみさきに対して「君のせいじゃない。君は悪くない」と言うくだりで、あっ、ついに”置きに行った”か、と軽い失望を感じた直後に、その続きの台詞で鮮やかに裏返してみせる――しびれるわぁ。気の抜けた失投に見せかけてのえぐい落差のフォークかよ、って感じ。ごめんね、いちいち例えが野球で。

 

あと、カセットテープから流れる『ワーニャ伯父さん』の台詞の配置が、やっぱりすごく意図的だなと改めて感じた。例えば、家福が妻の情事を目撃した直後の車中で流れる「悪いのはお前自身だ」という台詞はどのように解釈したらいいのだろう。

また、東京パートの終盤において、家福が妻の死を知る直前に「ワーニャ伯父さん、生きていきましょう」というソーニャの台詞が流れる。これは映画のラストシーンにおいて韓国手話で語られる台詞でもある。すなわち、これは妻が家福に最期に残したメッセージであって、そのことを家福はラストシーンの舞台上で気がついたのではないか?とも読み取れる。

他にもカセットテープの声が示唆するものは多岐にわたり、そのシーンの登場人物の心の中を映し出す鍵としてとても有効に機能していた。注目してみてほしい。

 

それから、もうこれクドいぐらい言ってるけど、やっぱり劇伴と効果音の付け方がすごくイイ。感動的なシーンにドバーっと音楽を垂れ流すんじゃなくて、静かな中で台詞をしっかり聴かせ、ひとつのシークエンスが終わって、その余韻にちょっと遅れる感じでそっと音楽が流れる、この思慮深さがなんとも美しい。雑踏の音やエンジン音なんかも音量が細かく調整されていて、聴かせるところはしっかり、そうでないところは控えめに、と配慮されていたように思う。新天地公園の賑やかな人々のざわめきは、広島の繁華街の音風景であるとともに、これから起こる禍々しい出来事を予感させてくれた。

あと、これは前回も言ったけれども、北海道での無音のシーンね。あれは改めて観てもやっぱり素晴らしかった。客席に緊張感がピッと張りつめて、これから重要なシーンが始まるんだということを予告してくれている。実際、近くの席の誰かが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえたもの。

 

ともあれ、3時間もの長丁場ながら一切の緩みがなく、ずっと緊張感を保ち続けるのは本当にすごいことだと思った。もちろん言うまでもなく、役者さんの演技もすごいのよ。これはもう語り始めちゃうとキリがないから、劇場で観てねとしか言えないんだけど。とりわけ岡田将生くんがめちゃめちゃすごい。あの車中のシーンはやっぱり圧巻だわ。観て。

 

それから、これも前に言ったことと被るけれども、広島の風景って綺麗だなって改めて思った。ふるさとびいきと言えばそうだけど、でも、柔らかな秋の陽射しがシーンを優しく照らしていて、あの公園での立ち稽古のシーンなんか、絵画のように美しいじゃない。実際に住んでいた頃は、ただただ蒸し暑いだけの街としか思ってなかったけどね。でもこうやって美しく撮ってもらって、世界中の人々に観てもらえて、広島出身者として誇らしい。実際、ロケ地への観光客も増えてるんですってさ。


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サーブの色を原作の黄色から赤に変えたのも良かったと思う。瀬戸内の光の色って少し黄土色っぽいのよね。だから、黄色い車だと景色の中に沈んでしまったと思う。やっぱり赤よ、赤。広島に一番似合う色はやっぱり赤なのよ。ああ広島に帰りたい。

 

他にも色々と思うところはあったんだけど、ちょっとね、まだ言葉が追いついてないというか(こういう気持ちになるのは『この世界の片隅に』以来だなぁ)、どうせまた時間が経てば「もっぺん観たい」と言い出すのだろうなぁ、私は。

そして現在、ちょっと思うところあって、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を(『羊をめぐる冒険』も含めて)読み返しているところだ。この作品と似ているのではないか(例えば、高槻と五反田との類似点を挙げているレビューがよく見られる)と感じているのだが、いかんせん随分前に一度読んだっきりで忘れているところも多いので、久々にちゃんと読んでみようと思ってね。

ともあれ、間違いなく日本映画史に残る名作だと確信する。オスカーの行方は分からないけれども、楽しみではある。『偶然と想像』も面白いから観てね。個人的には長野相生座ロキシーの濱口監督特集ウイークに行けなかったのが心残りである。またやってくんないかな。あと岡谷スカラ座はいつになったら『ドライブ・マイ・カー』を上映するんだ。はよ。はよはよ。