つれづれぶらぶら

「予告先発」という単語を見て胸がトゥンク。ついに始まるのね……!

『さかなのこ』

お休みを頂いたので、今日はイオンシネマ松本に映画を観に行ってきました。

さかなクンの半生を描いた『さかなのこ』です。

事前に告知されていたのは「のんちゃんがさかなクンを演じる」ということで「え?女優が男性の役を演るの?え?」と戸惑っておりました。が、のんちゃんも好きだし、さかなクンも好きなので、これは観ておきたいなと思っていたのです。


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最初に総評を言っておくと、予想以上に良かったです。

いや、ね、観る前までは、もうちょっとノーテンキな内容なのかなと思っていたんです。バラエティー番組のさかなクンのイメージ、ぎょぎょぎょーって感じのコメディで、ポジティブハッピーな感じの映画なのかなぁって思ってたんです(もちろんそういう映画も大好きですよ)。

でも、ちょっとだけ違った。客席にドッと笑いが起きるシーンはいっぱいあったし、登場人物は優しい人ばかりだし、最終的にはポジティブなメッセージに包まれるハッピーな映画でした。でも、ただそれをノーテンキに垂れ流すのではなく、その裏側にある「苦み」とともに伝えてきた。そう、甘いだけじゃなくて、思いのほか苦かったのです。その苦さこそがこの映画を奥行きのあるものにしていたと思います。

 

※以下、ネタバレ感想となります。ネタバレを避けたい方はここでブラウザバックお願いします。

まず、開始直後、真っ黒な画面に白抜きででっかく書かれた文字が目に飛び込んできます。

「男か女かはどっちでもいい」

そうきたか。冒頭でいきなりカマしてくるなぁ。私を含め、ほとんどの客が疑問に感じているであろう部分について、そんなことはどうでもいいことだとピシャリと言い切ってしまうんですもん。ちなみにパンフレットの表紙裏にもでっかく書いてありましたwww

う、うん、そ、そうかー。どっちでもいい……、あ、そうなんだね、と家から抱えてきた疑問をここでごっくんと飲み込まされてしまいます。するとどうしたことでしょう、観ているうちに本当にどうでもよくなります。のんちゃんは別に男のふりをしているわけではありません。いつものあの可愛らしい顔立ち、いつものあの声のまま、長髪で学ランを着ていることに違和感は、もちろんあるんだけれども、だけどそれがどうした?って感じです。

 

映画が始まって、私が最初に感じたのは、「この画質、いいなぁ」ってことです。ちょっとくすんだ、ざらっとした粗い質感の画面作り。最近の映画はどれも解像度がとても高くて、色彩が鮮やかで、きらきらツヤツヤした画質のものが多いですけれども、この映画はちょっと昔のフィルム映画のような懐かしい感じ。

そう思っていたら、パンフレットによると、やっぱり16ミリフィルムで撮ってるんですね、この映画(水中など一部のシーンは除く)。撮影を担当した佐々木靖之さん(『寝ても覚めても』など)の「フィクションともリアルともつかないこの物語の色を表すにはフィルムが最適」との提案を受けてのことだとか。こういう判断ができるのがプロよね。なんでもかんでも最新機種でぴかぴか撮りゃいいってもんじゃないってことよ。

 

ところでこの映画は、さかなクンの自伝を原作としているものの、現実のさかなクンとは異なるフィクション、言わば「アナザーワールド」あるいは「ifの世界」における、さかなクンによく似た人物であるところの「ミー坊」の物語です。

それをはっきりと示すのが、物語の序盤に登場する「ギョギョおじさん」の存在です。登下校中の子どもたちに「お魚の話をしようよ」と声を掛けて追いかけてくる怪しいおじさんとして子どもたちに恐れられ、町でも不審者的な扱いを受けているはみ出し者です。そのギョギョおじさんを演じているのが、なんと、さかなクンご本人なのです。魚が好きで、ただ子どもたちと楽しく魚の話をしたいだけなのに、誘拐犯の疑いをかけられて警察につかまってしまうという悲劇的な人物です。

ギョギョおじさんは、さかなクンの影というか、もしも歯車が一つズレていたらどうなっていたのかな、と想像して書きました。たとえばあの時代に「TVチャンピオン」という番組がなかったらどうなっていたかわからない。世間には才能に溢れ、それ故にまわりから理解されず孤独に生きている人がたくさんいると思うので。

(『さかなのこ』公式パンフレットより、脚本の前田司郎さんの談話)

その可哀相なギョギョおじさんが、自分によく似たお魚好きの少年・ミー坊に自分の大切なハコフグ帽を託して姿を消す。そのハコフグ帽を引き継いだミー坊が、母親や友人の助けを借りながら、いくつもの挫折を乗り越え、最終的には子どもたちに追いかけられる人気者になる。まるで某海賊王に俺はなるッみたいな展開ですが、その構図にだけ目を向けてみると、これはある種の「タイムループもの」と解釈することもできます。ただ、この映画の主人公であるミー坊は「TVチャンピオン」に出演しませんし、吹奏楽部にも入部しません。やはり、ミー坊自身も、実在のさかなクン本人とは違う「if」の存在として描かれています。

とはいえ、エピソードのいくつかはさかなクンの自伝によるものをベースとしています。幼少期に海でつかまえたタコを飼おうとしていたらお父さんが焼いて食べちゃったとか、ヤンキーと魚釣りをして仲良くなったとか、カブトガニをお散歩させているうちに日本初の人工孵化に成功してしまったとか。

高校時代のヤンキー仲間とのエピソードはとりわけ楽しいです。ワルぶっているけどどこか抜けてて憎めない連中が、ミー坊の個性に振り回されて、いつの間にやら敵も味方も関係なく仲良くなってしまうのが微笑ましいです。


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磯村勇斗くん扮する「総長」と、岡山天音くん扮する「カミソリ籾」がとにかくイイ味出してる。メッシュのシャツを裂かれるモミーの顔の可哀相なことといったらwwww

この2人と、ミー坊の小学生時代からの幼馴染の「ヒヨ」(設楽優弥くん)の3人は、大人になったミー坊に転機を与える存在として再登場します。彼らから与えられるチャンスがギョギョおじさんルートを回避する分岐点になっているというか……、まぁ詳細は映画館でご覧いただくとして、とにかくイイ子なんだよなぁ、みんな。

 

この映画の「苦さ」は、はっきりと語られる部分もあれば、明確には語られないけれどもそれとなく示される部分もあります。幼いミー坊の教育方針を巡って父と母が口論するシーンはありますが、その後、いきなり時間が飛んでミー坊が高校生になった時、なぜか父と兄が一緒に暮らしていないということについては説明がなされません。なんとなく、あ、離婚したのかな、原因はおそらくミー坊の教育方針を巡ってのことなんだろうな……、と「語られない部分」を噛みしめると、それは塩焼きにした秋刀魚の腸のように苦く、口の中に広がっていきます。

ミー坊のお母さんは、ミー坊を全肯定します。勉強ができなくてもいい。お魚が好きで、絵を描くのが好きで、他人を信じる純粋な心を持つミー坊を、何の条件もなくただそのままの状態で全て肯定するのです。まるでエジソンの母のように。

ただ、そんなお母さんを絶賛してしまうと、まるでお父さんが分からず屋の悪人のように思えてしまいますが、お父さんの気持ちだって分かります。いや、むしろお父さんの気持ちのほうがよく分かります。学校の勉強もしないで魚の絵ばかり描いているから、息子はヤンキーばかりいる荒れた高校にしか進学できない。世間知らずの息子の未来を心配するのは当然です。しかし、その父親と母親の意見の対立がどのようなものであったか、それは語られないのです。


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また、幼馴染の少女・モモについても、いくつもの語られない部分があります。幼い頃はクールで、世間知らずのミー坊を呆れて見ているようなところもあって、大人になってからお金の心配をしなくて済む人生を手に入れたと思ったのも束の間、全てを失った姿でミー坊の前に再び現れる。何があったのか。推察することはできます。でもミー坊は何も聞かない。ミー坊は他人の過去に興味がない。ミー坊には何が「普通」なのか分からない、それよりも一緒に楽しく絵を描いて過ごしていたい。でも、モモは「普通」から抜け出すことができない。このすれ違いの苦さ。

 

でも、たくさんの苦さを経験してきたからこそ、最後が甘く優しく多幸感に溢れているのです。これまでに関わってきた人々がともにミー坊の幸せを喜び、次の世代へと「好き」を繋げていく。ギョギョおじさんの悲劇を踏まえたからこそ、ラストのミー坊をとりまく子どもたちの笑顔がより愛おしくなる。それこそが「奥行き」なのです。よく練られた脚本だと思いました。

 

エンドロールを飾る音楽は、CHAIの「夢のはなし」。


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わたしの「好き」に 何が勝てるというのだろう

流れる雲に 乗れなくてもいい

(『夢のはなし』歌詞より抜粋)

映画を観終わった後で聴くと、この歌詞がひときわ心に染みる。既存の価値観を変革しようとするCHAIのスタイルと、この映画とは非常に相性がいいと思います。エンドロールでこの曲の力強いメッセージを聴いていると、映画の余韻もあいまって、名づけようのない感情がこみあげてくるのを必死で堪えていました。なんか、それまでフラットな感情でずっと見続けていたのが、エンドロールで一気に堰を切られてしまったというか。泣きゃしませんでしたけど、ちょっとヤバかったっす。久々に来ましたね、こういう感じ。うまく言葉にならない感じ。

 

あと、『あまちゃん』ファンの人にはなおさら染みる映画だと思います。あのシーンとか、「あ、アキちゃん!」って感じだったもの。ごちゃごちゃ言わないから、のんちゃん頑張ってるから、いい俳優さんになってるから、いい作品に恵まれてるから、観て観て。

 

それから、途中で登場する水族館、なんか見覚えあるなーと思っていたら、「あわしまマリンパーク」でした。私と息子の大好きな駿河湾の小さな水族館。あー!また行きたい!行きたい行きたい!