つれづれぶらぶら

旅行記はちょっとずつ仕上げていきます。お楽しみに~。

『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』

『北極百貨店のコンシェルジュさん』に続いて、もう1本観たのが『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』。タイトルが長くて覚えきれない(^_^;)

元SDN48の大木亜希子さんの実話に基づくエッセイを原作とする映画化だそうです。まずは予告編からどうぞ。


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原作を読んでおらず、映画館で予告編を観たことがある程度の知識しかない状態で入場。タイトルの「元アイドル」という部分のインパクトが強いせいで、なんとなくセンセーショナルな、ガヤガヤした派手な内容の映画なのかなと思っていましたが、実際に観てみると、良い意味で予想を裏切られましたね。

まず、この映画では「元アイドル」という部分はたいしてクローズアップされていません。序盤に主人公の青木安希子が、押し入れの奥から出してきたアイドル時代のコスチュームを着ようとするも太ったためにもう着られなくなっている、というエピソードが小さく挿入される程度で、この映画のシナリオ的には「元アイドル」であるという属性はあまり重要ではありません。要するに20代前半まで煌びやかな生活を送っていた女性が、セカンドキャリアに失敗して貧困に陥っている、というシチュエーションが前提となっているわけです。そういう意味では、この映画は多くの女性、あるいは男性をも含む、「かつてキラキラした日々を過ごしたことがある」人々にとって共感できるテーマであると言えましょう。

かつての「キラキラした日々」の感覚から抜け出せず、SNSなどでリア充アピールを繰り返す安希子。しかしセカンドキャリアとして始めたライターの仕事も鳴かず飛ばずで、生活はジリ貧で気持ちは焦るばかり。ついには駅で「足が動かない」というパニック障害を発症し、会社を辞め、預金残高たったの10万円という「詰んだ」状況に陥ってしまう。

そんな安希子を見かねて、親友のヒカリからある提案が持ちかけられた。都内の一軒家に住む56才のサラリーマン男性とのルームシェア。赤の他人のおっさんと同居なんて!と戸惑う安希子だが、風呂付き家賃月3万円という好条件に、背に腹はかえられぬと、おそるおそるその家を訪ねてみた安希子。そんな安希子を出迎えたのは、穏やかでつかみどころのないおっさん「ササポン」だった────。

 

主人公の安希子を演じるのも元アイドル、乃木坂46の深川麻衣さん。私はあまり秋元康系列アイドルに詳しくないもんで、失礼ながら初めて認識したんですけど、表情が豊かで表現力のある女優さんだと思いました。意志の強さを感じさせる目元と、口元のほくろが愛らしいです。やさぐれた般若の表情や、顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣く表情、恋に落ちかけた時の素直じゃない笑顔とか、スクリーンいっぱいに深川さんの魅力が広がっていました。これから注目してみていきたい女優さんですね。

しかしながら、この映画で最も愛くるしいのは、何と言っても、井浦新さん扮する「ササポン」でしょう!丸眼鏡にくしゃくしゃな髪、まったくお洒落とはほど遠い気の抜けたファッション。好きなものは刑事ドラマと大根の漬け物で、口癖は「テキトーにくつろいでー」。若い美女が目の前にいるというのに全く緊張感がなく、安希子のプライベートに対しても、「同居人」としての最低限の介入(冷蔵庫の棚は分けてねとか、夜中に大声は出さないでねとかいう、本当にその程度)しかしてこない。

日中はサラリーマンとして出社しているけど、どこで何の仕事をしているのかも不明(どうやら管理職らしい)。休みの日は庭で土いじりをしていたり、珈琲を丁寧に淹れたり、へったくそなピアノを弾いていたり。でも、軽井沢に別荘を持っていて、過去には真っ赤なスポーツカーも所有していたらしいことから、ササポンにもどうやらキラキラした過去があり、いくつかの挫折を経てきたらしい……(終盤に少しだけササポンの口から語られるものの全体像は最後まで不明)。

ササポンの、安希子へのほどよい距離感がホンットに素敵です。安希子の見栄を張った強がりにも、人生詰んだと嘆く悲哀にも、嬉しいことがあって喜んでいる時にさえ、淡々とした表情を変えずに「へー。そう。これ食べる?」と漬け物を差し出してくる、この暖簾に腕押し感たるや。

それでいて、安希子が病に倒れると仕事も置いて駆けつけてきてくれる。安希子が真剣にアドバイスを求めてきた時には、きちんと安希子の胸に届く言葉をくれる。ササポンは、安希子をまるで「遠い親戚からお預かりした大切な娘さん」のように扱ってくれるから、安希子のささくれた心も徐々に癒されてゆくのです。

こんな都合のいいおっさんが現実におるんかね!?本当は妖精さんか何かじゃないんかね!?……と思うけど、映画パンフレットの対談にも登場している(お顔は秘密)ところを見ると、ちゃんと実在するおっさんのようです。いいなぁ大木亜希子さん!こんな素敵な経験ができたなんて、全然詰んでないじゃん、むしろ超ラッキーじゃん!……なんて、やっかみたくなるぐらい、ホントにササポンは素敵なおっさんなんですよー!

ササポンの名台詞の中で、私の胸に刺さったのが、これ。


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「おまえの話を聞かせてよ。」

そうなんだよね。若いうちは自分のことだけで世界が回っていたのに、結婚とか育児とか介護とかを経ていくうちに、だんだん子どもや家族を中心に世界が回っていく。「私」は透明なフィルターになって、周囲の世界を語るだけの存在になっていく。でも、どんなに年齢を経たとしても「私」が消えるわけではなくて、そこにはさまざまな夢や葛藤があるはずなのにね。そこを指摘できるということは、やはりササポン自身の内側にも色々な夢や葛藤が未だに存在しているということなのでありましょう。ほとんど外に表さないだけでね。

また、この台詞から、なぜササポンが見知らぬ若者をルームシェアさせているのかも、ほのかに推察できます。まるで人生を達観したようなササポンだけど、その心の奥底ではやっぱり人間の生々しい感情を愛おしむ気持ちがあるのかな。あるいは過去の苦い挫折の記憶から、迷える若者を救いたいと思っているのかな。そんなふうに考えてみたところで、きっとササポンは「ふーん?」って興味ない感じでスルーしちゃうんだろうけど(笑)

 

あまり期待しないで観たわりには、予想外に良い映画でした。最初にも言ったとおり、男女の別に関わりなく普遍的なテーマを扱っているので、やることなすこと裏目に出ちゃってるなぁとか、ちょっと煮詰まってきちゃったなぁとか、SNSを盛るのにも疲れたなぁとか、最近なんか自分が情けなく感じるなぁとか、そんなふうに「詰んだ」と感じている人々には割と刺さるかもです。私も、いくつかのシーンで、これってあの日の自分みたいだなぁ、と胸をキュッと締め付けられるような気持ちになりましたしね。おばはんになったってね、まだまだ達観なんか出来っこないしね、もがいてますよ毎日あれこれ、ね(笑)

 

ところで、ササポンの軽井沢の別荘のロケ地って、ドラマ『カルテット』の別荘と同じ建物かな?あの特徴的なテラスに見覚えが……?