昨日――月締め日の5月31日は、大変な1日だった。
飛び込み客の応対をしながら、大量の書類を片付け、ようやく一段落したかな、とインスタントコーヒーの瓶に手をかけた午後2時過ぎ。私のデスク上の電話がやかましく鳴いた。内線のランプが光っている。嫌な予感がした。受話器を取ると、隣の部署のS先輩だった。切羽詰まった声。
「小泉さんにしか頼めないんだけど」
出た、いつもの殺し文句。バッドエンドのフラグ。
「書類を大至急作ってほしい。今日中に銀行の窓口に持っていかなきゃまずいんだ」
掛け時計を見上げる。午後2時20分。私の記憶が間違っていなければ、最寄りの銀行の窓口は午後3時には閉まる。我社から銀行まで、急いでも5分はかかる。
「あと30分しかないじゃないですか」
「そうだね」
「どこまで出来てるんですか」
「…………ほぼ、まっさら」
「は?……そんなん、無理に決まって……」
「頼むよー!」
やりゃあいいんだろ、やりゃあよ。
熱々の珈琲が飲みたかったなぁ、と溜息ひとつ吐いたら、その瞬間から私は戦闘モードに入る。S先輩から渡されたメモを見ながら、必要な書式を揃え、ボールペンをざかざか走らせる。やはり古い時代の生き物なので、デジタルよりもアナログのほうが圧倒的に速い。
さらに、間に合わなかった場合の対応も考えておかなきゃいけない。でも私にそんな暇はない。阿吽の呼吸で対応してくれる同僚に声を掛ける。「ん、分かった。」頼りにしてるぜ、Aさん。
そして、午後2時45分、玄関で待機していたS先輩に書類をバトンタッチ。リレーのアンカー走者のごとく駆け出していくS先輩。ふー、やれやれ。
Aさんに「なんとかなった」と報告し、「良かったじゃない」と微笑まれ、そして自分の席に戻ると、上司が大量の書類に囲まれてあっぷあっぷしている。あーあーあーあーあー。熱々の珈琲が飲みたいのにィィィィ。
OLの日常は、戦争だ。
そんな激戦の1日を乗り越えたんだから、今日ぐらいはのんびりしてもバチは当たらないんじゃないかと、今日、社員食堂でランチを食べながら、ふと思ったのだ。だって今日は6月1日じゃないか。「毎月1日はファーストデー」。映画ファンなら知っている、今日は映画館の割引デーだ。
よし、映画を観に行こう。
そうと決まれば、午後からお休みを取ろう。うちの上司は優しいので、すぐに有休の許可を出してくれた。るんるんるーん。平日の真っ昼間の映画館へGo!
だって、観たい映画があったんだもの。
『地獄の花園』。
はい、前フリが大変長くて失礼いたしました。ここからが今回の記事の本題でございます。企業で戦い続けるOLたちの奮闘ぶりを描く映画、それがこちら。
「当然、私たちOLの世界も例外ではなく、裏では熾烈な派閥争いがあったりする」の直後の、「……こんな感じで。」が既に予想の斜め上すぎて笑える。
この冒頭8分のノーカット映像を見て頂ければ、おそらく説明は不要かと思うが、完全に頭のおかしい映画である。考えてはいけない。頭を空っぽにして観る映画、それがこの『地獄の花園』なのである。
もう既にお気づきの方もいらっしゃると思うが、そうです、脚本はバカリズムさんです。『架空OL日記』で存在しないOLの日常あるあるを重箱の隅をつつくような細かさで描写したかと思ったら、今度は存在するはずのない(ありえない)OL世界を大真面目にふざけきって描いている。
ぶっちゃけ、これは102分間に及ぶ大掛かりなコントである。
要するに、『ビーバップハイスクール』やら『クローズ』やらの、いわゆる王道のヤンキー漫画のパロディである。拳と拳で語り合ったり、タイマン張ったり、敵の巣窟に1人で殴り込みをかけたり、伝説の支配者が登場したり、長老のもとで過酷な修行をしたりするアレを、男子高校生じゃなくて企業のOLがやるっていう、完全に「出オチ」のコント。それを102分間。バカでしょバカリズムさんwww
だが、この馬鹿馬鹿しさが、くたびれきった今の私の頭には心地よい。何も面倒なことを考えなくてもいい、ただただ笑ってさえいればいいのだ。平日昼間の映画館はものすごく空いていて、私を含めて3人しかいなかった。ソーシャルディスタンス的にはものすごく安心だが、映画文化的にはめっちゃ不安。
ま、ともあれほとんど貸し切り状態だったので、気兼ねなくクスクス笑いながら見ていた。ぶっ殺すだの踏みつぶすだのという物騒な会話の中に「最後の人、換気扇消しといてね」とか「お茶っ葉、総務に言って補充しといて」なんて台詞が混ざるのが、たまらなく可笑しい。そもそもヒロインの直子(永野芽郁)の肩書きが「カタギのOL」である時点で頭オカシイ。カタギって何だ、カタギってwww
物語はいくつかの段落に分かれていて、ヤンキー漫画を10巻分読んだぐらいの感覚である。プロローグの「3勢力激突編」から、本編の「北条蘭登場編」、幕間の「高口・和久井・矢食とのバトル編」をちょいちょい挟んでからの「トムスン地下アジト乱闘編」が大きな転換点となり、しっとりとした追憶パートを経て、「トムスン逆襲編」ときて、修行を挟んでからの「ラストバトル編」へと流れていく。そのパートごとにボスキャラがいて、これがまた、正気を疑うような連中ばかりときたもんだ。でも、観ているうちにどのキャラも愛おしくなってくる。不思議だねーwww
紫織、朱里、悦子の3人のバランスがいい。序盤は対立していたのに、いったん仲間になると頼りがいがあって、阿吽の呼吸で分かり合える関係。ああ美しき哉OLたちよ。
そして、物語が「三富士」の社内の勢力争いのうちはまだいいが、一部上場企業の「トムスン」が絡んでくるとそのありえなさが加速度的に急上昇する。どっからどう見てもオッサンな、赤城涼子(遠藤憲一)率いるトムスン三銃士。謎の地下アジトに、薔薇の舞い散るバトル。ええい、『コータローまかりとおる!』の紅バラか、貴様は。
さらに「地上最強のOL」鬼丸麗奈(小池栄子)は、お神輿に乗って登場。ええい、『花のあすか組!』のヒバリ様か、貴様は。ここらへんも多分パロディのネタ元にしてんだろうなぁ。わけのわからない地下組織とかって、ヤンキー漫画あるあるよね。
そんでもって、この世界が「異常」なのは、カタギの人たちがまるっきり「OLたちのバトル」に関心を持っていないように見えるということだ。会社の中庭で抗争があっても、部長(バカリズム)はのんきにお茶を飲んでいる。街で男性社員がOLから因縁をつけられていても、行き交う人々はほとんど気にしていない。そもそも、「このあたりの会社は〇〇の傘下に入った」とかいう会話からして異常すぎるのだが、誰もその異常さに気づいていない。
これは、アレだね、うちの息子が休日の朝に観ているカードゲームとかの玩具系アニメと同じだね。日本の、いや地球の、いや宇宙の、この時空の平和が、一人の日本人少年が行うカードバトルの勝敗に委ねられている、なんて、よーくよーく考えたら異常すぎるじゃないか。でも、その手のアニメではそのあたりはまるっきり「当然のこと」として展開するわけだ。だからまぁ、OLがヤンキーな世界があってもいっか!……え、いいのか?www
今日は6月1日、火曜日。
こちらのOLも頑張ってますよー(半日ね)
ほんで、こっちも抗争してますよ。……懲りもせずwww