つれづれぶらぶら

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『戦争は女の顔をしていない』4巻

コミカライズ版『戦争は女の顔をしていない』の4巻を購入しました。

前3巻と同様に、読んですぐに感想を書くのが難しい本です。なかなか言葉がまとまりません。2巻の帯に書かれていた「理解していないことを知るための本」という言葉が、やはり今回も読者の上に重くのしかかってきます。

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このコミカライズ版は、しばしば、あまりにも淡々と描かれている、と感じる部分があります。目の前で人々が次々と死んでいく、少女たちは過酷な任務を背負いながら、それが国家のためだと信じて銃撃戦の中を果敢に駆け抜けていく。言葉を選ばずに言うならば、"もっとドラマチックに"、"もっと盛り上げて"描こうとするならば、いくらでも"盛れる"題材だと思うのです。要するに「演出」ですね。見開きでドーンと大ゴマを割って、集中線を使って読者の視点を誘導し、大きな書き文字で効果音を派手に散らす。少女たちの涙を強く表現し、読者の感涙を誘う。そういった手段を取ろうとすれば、いくらでもできそうなのに、巻を追うごとに筆致はあっさりとしていく傾向にあるように感じられます。

それはどういう意図なのでしょう。

「ドラマ」にしたくない、という意思表示なのでしょうか。

言うまでもなく、原作は、膨大な従軍女性たちの証言を書き留めたルポルタージュです。

筆者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ自身の言葉はごくわずかで、ほとんどが女性たちの語った生の言葉で出来ています。戦争の悲惨さを訴える女性もいれば、自らの出兵経験を誇らしく語る女性もいます。同じ1人の人間の中に相反する2つの価値観が共存している女性もいます。前線に出て敵兵を殺し続けた女性もいれば、救護兵として敵兵をも救った女性もおり、後方部隊で食事や洗濯や運搬といった任務をひたすら勤めていた女性たちもいます。強い言葉で語る女性もいれば、苦労話のように笑って語る女性もいます。ひとりとして同じ女性はいないのです。

 

今回の4巻では、前半では「恋愛」、後半では「後方部隊」に主な焦点が当てられています。

恋は戦時中で唯一の個人的な出来事

他のことは何でも共通だった 死ですら

誰もが恋愛については死についてほど率直に語りたがらなかった

いつも何かを抜かして話している

そっと秘めておいて守っていた

(中略)

何から守っていたのか?

もちろん侮辱の眼で見られ中傷されることから

ひどい目に遭ってきたのだ

戦後 彼女たちには二つ目の戦争があった

彼女たちが行っていたあの戦争に劣らず恐ろしい戦いが

(第20話前編 p29~31)

たとえ泥と血にまみれた戦場であっても、そこにいるのは心を持った人間。まして明日をも知れぬ極限状態の日々。人と人がそこにいる限り、何らかの感情が芽生えるのは当たり前のことでしょう。

「戦争が終われば彼の愛情も終わる」と理解していながら、本国に妻子がいる上官と恋愛関係になった女性もいます。頭がおかしいと非難されても、それが生涯の恋であったと、後悔していないと語るのです。

別の女性は、夫に「恋の話はするな」と釘をさされていたにもかかわらず、戦地で包帯を縫い合わせて作ったウェディングドレスのことを嬉しそうに語ります。

また別の女性は戦地で司令官と恋人になりましたが、戦後、何も知らない他の女性たちから「戦地ではたくさんの男たちと寝たんでしょ」と中傷されます。その後、恋人と結婚しますが、その1年後、彼は彼女を残して他の女性の元に走ってしまいます。「彼女は香水の匂いがするんだ。君は軍靴と巻き布の匂いだからな」と言い残して。

後方部隊で働いていた女性たちの心にも、さまざまな人間らしい感情が生まれます。

橋梁技師の父のもとに生まれ、自らも建設工兵となった女性は、戦場で破壊された橋を見るたびに涙を流します。

戦争では橋が真っ先に壊されます

がれきの山となっているところを通り過ぎる時いつも思ったものです

これをまた新たに建造するのにどれだけの年月がかかるだろう……と

戦争は人が持っている時間を潰してしまいます

貴重な時間を

(第23話 p126~127)

理容師の女性は、少女兵の髪を男のように短く刈り上げることに心の抵抗を感じ、ちょっとでも髪が伸びてくれば、乾いたモミのかさをカーラーの代わりにして、前髪だけでも巻いてあげるのでした。

血まみれの洗濯物の山また山を、ずっと洗い続けた女性もいます。彼女は今でもその様子を夢に見ると言います。

死にゆく友人の耳元で、彼女の実家から届いた手紙を読み上げてあげる通信兵がいます。

身寄りのない兵士たちのために、「見知らぬ女の子」からの手紙を書いて届けてあげる郵便局員がいます。

ひとつひとつのエピソードは短くても、そこにいた彼女たちの心が伝わってきます。恋愛、おしゃれ、ちょっとした気遣い、悲しみの心。

それは戦争を語る際には余計なものである、不要であり消去されるべき情報であると、「女の顔をしていない」ものたちは言います。そのかき消されそうな小さな声をひとつひとつ拾い集めると、それは膨大な記録となって、そこから戦争のもうひとつの側面が立ち現れてくるのです。

この漫画が、ことさらにドラマチックな演出を用いていないのは、これらの証言がもたらす力を信じているからなのでしょう。あるいは、現在進行形で起きている物事に対する配慮のようなものもあるのかもしれません。ニュースでは日々の戦況が伝わってきますが、そこにいる人々の心の中にしまわれた思いは、衛星電波では届きません。我々のために用意された、演出されたTVショーなどでは決して無いのです。我々自身が想像しなければ────。

この本は理解するためのものではありません。

理解していないことを知るための本です。

そう簡単にわかってたまるものではないのです。