つれづれぶらぶら

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千鹿頭神を追いかけて

開けてはいけないパンドラの箱を、また開いてしまったような気がする。

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ほんの好奇心で「諏訪信仰」を調べてみようとして、そのつど、ああ、なんか途方もないものを相手にしてるような気がする、と慌てて箱の蓋を閉じては、また数年後に性懲りもなく箱の蓋に手を伸ばす、ということを、私はいったい何度繰り返してきただろう。

学生時代はまだそれでも良かった。しょせん「よその話」だったから。よくできたファンタジー小説の設定資料集を読むのとたいして変わらない。あー面白かった、で済ませれば、それで済んでいた。

ところが、だ。今の私にとって、これは「うちの話」なのだ。

図書館で借りてきたいくつかの本を読んでいると、「あれっ?この神社、所在地からいって、いつも歩いてる道の途中にあるっぽいけど…、…あんなとこ、神社なんかあったっけ?」と思うことが頻繁にある。それで、通勤中にいつもより注意深く見回してみると、あ、あっ、あるじゃん!めっちゃ小さい祠が!!!

見えないものが見えてくる」というとオカルトっぽく聞こえちゃうかな。

たとえそれが視界に入っていたとしても、関心がないと、それは脳の中で認識されない。ところがひとたび「それ」を認知してしまうと、あっちにもこっちにも「それ」が存在していることに日々驚くばかりだ。いたるところに大小さまざまな社や祠があって、どんなに朽ちかけた祠にもちゃんと御柱が建てられ、お酒や食料品や小銭などが供えられている。日々の信仰が続いているのだ。

 

さて、『日本原初考 諏訪信仰の発生と展開』を読んでいたら、「千鹿頭神」なる神が気になったのである。

ちかとさま、と呼ばれるその神は、洩矢神の孫神に当たる神であるらしい。洩矢神の子・守宅神が千頭の鹿を狩ったことから、自分の御子神に千鹿頭神と名付けたのだとか。その名前やエピソードから察するに、狩猟の神であったろう。

ところがこの千鹿頭神、どうやら何かの事情で諏訪の地を去っていったらしい。諏訪の祭政を掌握する神長官・守矢氏の3代目であるにもかかわらず、その4代目はなぜかタケミナカタの血筋に引き継がれているのだ。追放されたか、自ら離れたのかは分からないけれども、その後、千鹿頭神の血筋は山岳地帯沿いに、山梨・埼玉・群馬・栃木・福島のあたりまで広がっていったらしい。名も、ちかた、ちかち、ちかつ、などと変わり、さまざまな漢字を当てられているようだ。

 

ところで、その「千鹿頭神」という名前に、ふと思い出したことがあるのだ。

それは去年の春、運動不足の解消のために、茅野市の永明寺山に息子とハイキングに出掛けたときのことだ。 

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ちの上原の頼岳寺の裏を抜けて、登山口を探し歩いていた時に、ふと小さなお社が目に入ったのだ。

「お母さん、これ、何て読むの?」

「せん……しか……、ち・か・とう?……ちかとうじんじゃ、かしらねぇ?」

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そのときは特に気にも留めず、とにかく山に登るぞと通り過ぎたのだが、そうだ、「あれ」が「ちかとさま」だったんだな、と思って、再訪してきた。

真新しい石碑があり、境内は梅林になっていて、花の季節になったらさぞかし良い眺めだろう。春になったらまたハイキングがてら来てみたいなと思った。

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この本によると、千鹿頭神社は他にもあるということで、探してみることにした。

まずは、茅野市米沢の埴原田の、ショッピングセンター『ザ・ビッグ茅野店』付近(『餃子のテンホウ米沢店』の真向かい)にある千鹿頭神社。 グーグルマップにもちゃんと表示されているし、間違いなく「ここ」だよな、と思って訪ねたのだが、どこにも神社名の表示がない。

ふと見ると、ゲートボール場になっている広場の一角にお社が2つ並んで建っている。巨木に囲まれるようにして建っている右側のお社が、どうやら探している千鹿頭神社であるらしい。

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左側のお社を覗き込んでみると、美しい菩薩像が納められていた。

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何なんだろう、これは?と思って付近を見回してみるも、何の表示もない。神社名も薄れていてよく読めない。

家に戻ってから調べてみたら、こちらの「八ヶ岳原人」さんのサイトに詳しい解説があった。蚕玉神社というらしい。貴重な情報をありがとうございます。

yatsu-genjin.jp

ゲートボール場の敷地の端っこ、川土手に面した場所にようやく鳥居を見つけた。参道自体が近隣の店舗やゲートボール場で消失したものらしい。覗き上げてみると、千鹿頭宮、と思しき文字が見えた。

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まったく、この字を見るまで半信半疑ではあったのだ。縁起を書いておいてくれとは言わないが、茅野市さんや、せめて何か小さい看板ぐらいは出しといてほしいっすよ……。

 

他にも、諏訪市豊田有賀(あるが)に千鹿頭神社があると聞き、その近隣のガソリンスタンドで行き方を尋ねたところ、給油してくれたおじさんは「うーん」と困ったような顔をして、「車で行けなくはないけど、車一台がようやく通れるぐらいの細い道なんだよね。対向車が来たら民家の庭にどっちかの車を突っ込まなきゃいけないよ」と教えてくれたので、おとなしく諦めることにした。私の華麗なるドライビングテクニック(笑)ではどうやら難しいっぽいわ(;^ω^)

 

さて、諏訪を去ったちかとさまがどこへ行かれたかというと「宇良古山(うらこやま)へ移った」という伝承があるそうだ。この宇良古山とはどこを指すかというと、この本によると、松本市神田/里山辺にある「千鹿頭山」のことであるらしい。

よし、ちょいと足を伸ばして松本までちかとさまを追いかけてみよう。

……と思ったものの、松本駅から神田方面へのバスは本数が極めて少なく、徒歩だと1時間ぐらいかかるらしい。仕方がないので松本市街地を走るタウンウォーカーというバスに乗って、とりあえず一番近くにある西筑摩バス停まで行ってみた。ここからなら歩いて30分程度で行けるようだ。

静かな住宅地の中をてくてくてくてく、ひたすら山を目指して歩いていくと、ようやくそれらしき鳥居が見えてきた。

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しかし何だか騒がしい。参拝者の姿は見えないものの、トラックが何度か通り過ぎていく。どうやら、境内の「千鹿頭池」が改修中らしく、水はほぼ干上がって、ショベルカーが土砂や枯枝をせっせと掻き出しているところだった。

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池を横目に見ながら、参道を上る。結構な急坂で息が切れる。坂の途中で顔を上げると、目指す神社が山の上にあった。

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息をはあはあ切らせて上りきると、まぁ!なんて立派な御柱が!

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そう、この神社には御柱祭があるというのだ。諏訪大社は申年と寅年に行われるが、こちらの神社では卯年と酉年に行うそうだ。だとすると、巨木を引きずってあの坂道を上ってくるのだろうか。うわぁ。お疲れ様です。

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他に、この千鹿頭神社の特殊なところは「2つの千鹿頭神社が並んで建っている」という点だ。かつて、千鹿頭山が高島藩と松本藩の所領に分割された際に、神社も2つに分けたということだ。というわけで現在も、境界を挟んで右側の社殿を神田の氏子が、左側を林・大嵩崎の氏子がお祀りしているらしい。

 

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ややこしいね。と苦笑しているような可愛い狛犬さん。

社殿の裏側に回ってみると、そこにもまた祠が2つ並んでいた。これが後宮。真新しい看板がその詳細を教えてくれる。

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社殿のほうへ戻り、山の崖沿いの道をまっすぐ下ると、そこにも鳥居があった。なるほど、先ほどの朱塗りの鳥居が神田千鹿頭神社の鳥居で、こちらの鳥居が林千鹿頭神社の鳥居であるらしい。ここにも丁寧な看板が出ている。実にありがたい。

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「うらこ」山より現在の地に移し祀った……ということは、千鹿頭山は宇良古山ではないのかしらん。では宇良古山はどこに…?…なんてことは私は考えない。そこまでパンドラの箱を開けてしまうといよいよ収拾がつかなくなっちゃうもんね(;^ω^)

 

このまままっすぐ帰ろうかとも思ったのだが、「先宮」を見逃したことがどうにも心残りで、ええい、また上るか、とこの鳥居の横にある小路を上っていく。これまた急斜面の上に、倒木や枯草が足に絡んで歩きづらい。ようやくてっぺんに着くと、そこは日当たりの良い広場で、あずまやもある。ここらでちょいと小休止。ふもとのコンビニで買ったおにぎりを食べ、お茶で一息つく。目の前に広がる松本平と、純白に輝く北アルプス連峰の眺めが素晴らしい。

その広場の奥に、先宮がぽつんとひとつ、あった。

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いたるところに説明書きがあって嬉しい。確かに、何もかもが2つずつ存在するこの神社で、この先宮だけひとつというのはちょっと奇妙な感じがする。これもまた何かの理由があるのだろうが、今となっては、これらを取り巻くすべて――ちかとさまが何者であったのか、どこへ行ったのか――は、記憶の海の底に沈んで、不明だ。